古い村の片隅には、長い歴史を持つ神社があった。
その社には、村の守り神として崇められる霊が宿っていると伝えられていた。
しかし、神社にまつわる恐ろしい話も遍く広がっていた。
人々はその霊に出会うことを恐れ、夜になると神社の近くを避け、灯りのある町に戻ることが常だった。
ある晩、若い男の大輔は、好奇心から神社に足を運ぶことにした。
彼は特に霊や怪談が好きだったものの、実際にそんな存在に出会ったことはなかった。
神社の静けさに包まれる中、彼は中へと足を踏み入れた。
月明かりが参道を淡く照らし、神社の社殿は神秘的な美しさを放っている。
しかし、心のどこかで不安を感じながらも、彼は神社の奥へと進んだ。
そこで彼は、古びた石碑を見つける。
それは「この地を遠く守りし者」の文字が彫られたもので、何か特別な存在がこの場所にいることを示唆していた。
大輔の心は一瞬、静まり返り、何か霊的な存在を感じた。
その時、冷たい風が吹き抜け、彼は何かが背後にいるのを感じた。
振り返ると、彼の目の前に一人の少女の姿が立っていた。
彼女は薄い白い着物を着て、長い黒髪が風にそよいでいる。
その眼差しは深い哀しみを湛えており、大輔は胸が苦しくなった。
「私は、遥(はるか)。この神社を守っている者です」と、少女は小さな声で告げた。
大輔は息を呑み、言葉を失った。
彼女の存在は、まるでこの世とは異なる世界から来たかのように思えた。
遠くから来たかのように感じられる彼女の声は、それでもどこか親しみを感じさせた。
「ここに来る人は皆、私に会うのを恐れて逃げてしまった」と、遥は続ける。
「でも、あなたは違う。あなたは私の心を理解してくれるかもしれません。」
大輔は、彼女のその言葉に切なさを感じた。
「どうして、そんなことを言うのですか?」
「私は遠くからこの地を守り続けている。けれど、私の存在がこの村の人々に心の安らぎを与えることはできない。私の姿が恐れられ、怯えられていることを知っているから」と、遥は言う。
大輔は、自分の心が苦しくなるのを感じた。
彼女の悲しみは、伝わってくるものがあった。
「私に何かできることはありますか?」
遥は暗い目を大輔に向け、そのまま黙っていた。
彼女の顔には、罪悪感がにじむ。
「あなたが私の名前を呼んでくれれば、私はこの神社を離れ、自由になれる。でも、私を忘れてしまう人々の心には、何も残らない。自分がどれだけ遠い存在になっていくのか、考えると…」
その瞬間、大輔は彼女の心の奥にある恐れと孤独を感じた。
自分がただの人間であることに戸惑いながらも、彼の中に何かを変えたいとの思いが生まれた。
「遥、あなたの名を呼んでみます。あなたは、この村から離れた後も、決して忘れません」と、大輔は心から言った。
すると、霊の少女はその言葉に反応し、小さく微笑みを浮かべた。
彼女は光に包まれるように消えていく。
「ありがとう。私のことを、心のどこかに留めておいてください」と、消えゆく声が彼の耳に残った。
その瞬間、神社は穏やかな光に満ち、周囲の空気が軽くなったように感じた。
大輔は神社を後にし、何か新しい感覚を抱えながら夜の道を帰ることになった。
彼の心には、守られた存在の思い出が、いつまでも色褪せることなく残っていた。