静まり返った郊外の小道を彼女は歩いていた。
日が沈みかけ、辺りは薄暗くなり始めていた。
名は佐藤由紀。
彼女は人ごみに疲れ、たまに外の空気を吸うためにこの道を選んだ。
しかし、今日はいつもとは違う何かを感じていた。
道の先には、古びた神社があった。
人々はあまり訪れず、雑草が生い茂り、静けさが支配している。
由紀は好奇心から神社の方へ足を運んだ。
少し朽ち果てた鳥居をくぐると、ひんやりとした空気が彼女を包み込んだ。
不思議と心が落ち着くが、どこか、遠い場所から視線を感じているような気がした。
境内には、白い灯篭が立っていた。
その傍には、大きな石があり、「この場所には忌まわしい伝説がある」と刻まれている。
由紀はそれを読んでみた。
「昔、ここに村人によって捨てられた怨霊が、この神社を守っている。」それはただの迷信だろうと、由紀は思った。
しかし、彼女が神社の奥に進むと、遠くから子どもの声が聞こえてきた。
おかしい、ここに子供がいるはずはない。
彼女はその声に引かれるように進んだ。
声は次第に大きくなり、やがて神社の隅にある小さな池の方から聞こえてきた。
池の周りには、薄緑色の光が漂っている。
その中から、一人の子どもが顔を覗かせていた。
彼はまるで水の中から出てきたかのように、ぬるりとした肌をしていた。
「遊びたい」と無邪気に微笑むが、その目には何か異様な光が宿っていた。
由紀は恐怖を感じ、後ずさりした。
だが、視線がその子どもから外れない。
彼女は思わず「誰?」と問い掛けた。
すると、子どもはにこりと笑い、指を池の方へ向けた。
「あそこに行けば、遠くの世界を見られるよ」と言った。
由紀の心に好奇心が芽生える。
だが、その瞬間、不気味な風が吹き、池の水面がざわめいた。
水がまるで生きているかのように渦を巻き上がり、由紀は恐怖で動けなくなった。
見つめ続けると、池の水の中に映るのは彼女自身の姿ではなく、血の気の引いた顔をした何人もの人々が映し出されていた。
彼らは遠くの世界を彷徨う、何かを求めている様子だった。
「彼らも見たいの?」子どもは満面の笑みを浮かべたが、その言葉は不気味さを増す。
「ここに来ると、遠い世界が引き寄せられるんだ。けれど、その代わりに何かを失わなければならない」と囁くように言った。
由紀は気づいた。
彼女がここにいること自体、何かを奪われつつあったのだ。
恐怖がやがて心に忍び寄り、「逃げなきゃ」と思った。
だが、足が動かない。
子どもの目が次第に妖しい光に染まっていく。
彼は手を伸ばし、由紀を引き寄せようとする。
「一緒に行こう、遠くの村に。誰もいない秘密の場所だよ。」その言葉には、恐ろしい魅力があった。
由紀は堪らず叫んだ。
「いや、行かない!」すると、周囲が激しく揺れ、風が彼女を突き飛ばす。
由紀はそのまま神社の境内へと逃げ帰り、振り返ると子どもは池の中で消えていく。
彼女は背後の神社を一目見据え、意を決してその場を離れた。
家へと向かう途中、小道を進むにつれ、少しずつ恐怖は薄れていった。
しかし、その日以降、彼女はあの神社近くを通ることは決してなかった。
何度も夢にあの子どもが現れ、「遠くの世界を見よう」と誘ってくる。
由紀は心の奥底で、あの光景が自分のものでなくなってしまわないかと恐れ続けている。
遠い場所から呼びかけるような、あの声が彼女の心に響き渡ることは今も続いている。