ある寒い冬の夜、橋本直樹は友人たちと少し離れた町へ肝試しに出かけることにした。
町外れの台の上にある古びた道には、不気味な怪の噂が絶えず流れていた。
「その道を歩くと、誰かに見られている気がする」とか「振り返った時、そこには何かいる」といった奇妙な話が友人たちの耳に入っていたのだ。
直樹は、好奇心が勝り、ぜひともその道を通ってみたいと思った。
友人たちも、少しの恐れを抱えつつも、彼の決意に同意した。
全員揃って台へ向かうと、月明かりの下で古びた道が浮かび上がっていた。
暗闇の中にあるその道は、まるで過去から何かが這い出てきそうな雰囲気を醸し出していた。
道に足を踏み入れると、周りは静まり返った。
風の音が心の奥にひんやりと響き、月も雲に隠れてしまった。
まるで、彼らが何かに気づかれないように隠れろ、と言わんばかりの圧迫感があった。
みんなが緊張感を抱えている中、直樹は一歩前に進むことを決めた。
「ここが噂の道か…」そう呟くと、思わず背筋が凍る。
どこからともなく、微かにささやく声が耳に入ってきた。
「戻れ…」その声は、確かに誰かのものだったが、そこには誰も見当たらない。
彼は周辺を見渡したが、友人たちの顔もすでに緊張に引きつり、まるで自分の意志を持たずに歩き続けているようだった。
「ほら、もう帰ろうよ。」友人の一人、健太が言った。
しかし、直樹はその言葉を無視して進み続けた。
彼の中で何かが保たれているようだった。
道の先に不思議な光が見え、吸い寄せられるように足を進める。
心の中で、何か決意を固めたかのように、直樹の思考は「怪」という存在に向かっていた。
道を進むごとに、背後からついてくる友人たちの姿がぼやけていくのを感じる。
その瞬間、彼は振り返ることにした。
振り返った先に、いつの間にか立っていたのは、薄暗い影だった。
その影は、彼をじっと見つめ返していた。
「帰れ…」再び声が響いた。
彼の手が震える。
今までの恐れが溢れ出し、影の姿はとてもリアルに感じられた。
直樹は心に浮かんだ様々な思いを振り払うように、後ろへ下がりながら冷静さを保とうとした。
しかし、その影はまるで彼の心の中に侵入してくるかのようだった。
道の恐怖は増していく一方だった。
「直樹、あれは…」友人たちが声を上げる。
しかし直樹は何も言えなかった。
この場所にいる限り、彼の心には怪の影がずっと付きまとい続けるのだ。
もう一度振り返って、その影が消えたことを確かめた。
しかしすでに道は変わり果てていた。
「戻らないと…」直樹は言葉を発するが、自分の足が動かない。
その時、影の声が心の奥に響く。
「道を進め…」それに引き込まれるように、直樹の意志は完全に影に支配されてしまった。
そして、彼の目の前で、道の先にある台が明るく照らされ、周囲の静けさが一変した。
その瞬間、まるで時間が止まったかのように感じ、同時に直樹の心は過去の恐怖に拘束される。
そして、その影を振り払うかのように直樹は叫んだ。
「帰りたい!」その叫びが響いた瞬間、足元が崩れるかのような感触の中、彼の意識は混乱した。
目を開けた時、直樹は道の端に立っていた。
周囲は変わらず暗く静寂に包まれていた。
友人たちの姿は見えず、ただ影が彼を取り巻くように存在していた。
「もう戻れない…」その声が再び耳元で響く。
直樹はその場から逃げ出そうとしたが、道の彼方に引き戻される。
彼自身の意志を失ったかのようで、過去の恐怖が彼を今もまた現実から引き剥がそうとしている。
道からは一歩も動けず、背後の影が彼をじっと見守るように佇んでいた。
あの日の肝試しの夜、直樹は決して解放されることのない「怪」に取り込まれてしまったのだった。