「運命を選ぶ時の箱」

静かな東京のある路地裏に、一軒の雑貨店があった。
その店は「時の箱」と名付けられ、古びた店内にはさまざまな奇妙な品々が所狭しと並べられていた。
店主の雅也は、物静かでのんびりとした性格の中年男性で、客が来ることはあまりなかったが、その独特な雰囲気が噂を呼び、時折好奇心旺盛な人々が訪れていた。

ある夜、雅也が閉店準備をしていると、不意に扉が開き、衝撃的な光景が目の前に広がった。
暗闇の中から一人の女性が現れた。
彼女は長い黒髪を持ち、白いワンピースを着ていた。
その姿があまりにも現実味を感じさせないほど美しかったため、雅也は一瞬、時が止まったかのように思えた。

「ここには、運命の選択肢があると聞いてきたんです。」と、彼女は言った。
その声は不思議な魅力を持っていて、雅也は思わず「どういうことですか?」と問いかけた。
すると彼女は少し微笑んで、「時の箱は、過去や未来を選び直す場所だと噂されています。私も一度、ここに来たいと思っていました。」

雅也は戸惑った。
彼女の言っていることが真実なのか、ただの都市伝説なのか判然としなかった。
だが、その言葉には何か深い意味があるように感じた。
何かが彼の心に響き、彼自身の選択の重さを思い知らされたからだ。

「ここから過去に戻ることができるのですか?」彼が問い返すと、彼女は首を横に振った。
「過去は戻れないけれど、未来の自分を見つけることができる。でも、それには対価が必要。」

彼女の言葉に不安を感じつつも、雅也は興味が湧いた。
「対価とは何ですか?」

「命の一部です。」彼女は真剣な表情で見つめた。
「選択肢を持った人々の思い出が必要。その思い出を使って、未来における自分がどんな選択をするのかを見せてもらうことができる。だが、それには必ずあなたの肉体が代償になるの。」

雅也は心が締め付けられるような感覚を覚えた。
彼女が求める「命」という言葉は、容易に掛けられるものではない。
だが、長い間悩んできた自身の過去に対する後悔や、未来への不安が、彼の決意を揺らがせた。
彼女の魅力的な言葉に心を掴まれ、知らぬ間に彼は彼女に近づいていた。

「私は、私自身の運命を変えたい。」その言葉は、彼の心の最深部から湧き上がった感情だった。

すると、彼女は静かに微笑み、手を差し出した。
「では、あなたの命の一部を私に預けて。未来を見せてあげる。」

雅也はその瞬間、彼女の手に触れると、周囲の景色がぐるぐると回り始め、次の瞬間には異次元の空間に引きずり込まれた。
無数の思い出が彼の頭の中を駆け巡り、選択肢が目の前に現れた。

未来の自分が幸福である姿、後悔する姿、様々な選択の結果が彼に迫ってくる。
どれもが現実味を帯びて見えた。
しかし、彼の心が悲鳴を上げていた。
「命の一部が、私の代償になるなんて…」

彼の思いに反応するかのように、周囲は急速に崩れていき、彼女の姿がぼやけていく。
「あなたは自分の過去を受け入れ、未来を生きることが必要です。」その声が響き、彼は絶望感に包まれた。

次の瞬間、雅也は自宅の床に倒れこんでいた。
心臓が猛烈に鼓動していた。
何もかもが嘘のように、彼女の姿は消えてしまった。
彼の心には、命の代償として生まれた新たな思い出が残されていた。
彼は、それをどう受け止めるべきか思い悩んだ。

ふと、あの日の雑貨店の扉が閉まる音が耳に残っていた。
彼の選択は、決して無駄ではなかったはずだ。
しかし、その代償として彼の人生は、静かに変容していくのだった。
彼の心の奥底に、影として潜む「選択肢」が、決して消えることはなかったから。

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