ある日の夕暮れ、近くの公園で遊んでいた子供たちが次第に家に帰る時間を迎える中、拓海という名の少年は遊び足りない思いを抱きながら、ひとりで残っていた。
彼が集めた小さな石ころや美しい葉っぱを詰め込んだカバンを抱え、小さなベンチに腰掛けると、周りの静けさが心にしみこんでくる。
街の灯りが点り始め、薄暗くなった園の中には、不思議な静寂が広がっていた。
その園には、まるで古い物語から抜け出してきたかのような大きな木があった。
不気味なほどに大きく、その木の幹には無数の刻まれた傷があり、何か伝説が隠されているようだった。
拓海もその木を見上げ、何となく心がときめいた。
しかし、彼はその木が“鳴”くという噂を聞いたことがあったので、近づくことはなかった。
だが、その日、何かに引き寄せられるように、強い好奇心が芽生えた拓海は、一歩ずつその木へと近づいていった。
そして、木の下で気づいたことは、その古びた幹から確かに「カラン」という音が鳴っていることだった。
それは、どこか遠くの空気がこすれる音のようであり、拓海の頭の中に響き渡った。
何かが待っているような、不思議な感覚が彼を包み込んだ。
そのとき、ふいに「運」という言葉が頭に浮かんできた。
拓海は、単なる遊びではなく、運命的な何かが起きる予感を感じた。
そして、彼はその音の正体を確認するために、さらに近づくことにした。
木の根元までたどり着いて様子を伺っていると、その瞬間、周囲が急に静まり返った。
自分の心臓の音が大きく響く中、もう一度「カラン」という音が聞こえた。
今度はそれが明らかに木の中から発せられるものだと実感できた。
拓海は不安に思いつつも、思い切って木を触れてみた。
冷たい感触が手のひらを通り抜け、全身を囲む空気が変わっていくのを感じた。
すると、突然、一瞬で周囲の風景がぼやけ、目の前に現れたのは薄暗い園に立つ一人の少女だった。
彼女は白いワンピースを着ていて、その顔に悲しみが浮かんでいた。
「私はここにいる、あなたが来るのを待っていたの」と彼女は言った。
その声は、柔らかくもどこか切なかった。
「い、いったい誰…?」と拓海は戸惑いながら尋ねると、少女は静かにうなずき、続けた。
「私の名前は美月。何度もこの木の下に来る人を見てきた。でも、戻ることなく過ぎ去ってしまった。その人たちに、返すべきものがあるの。」
その言葉を聞いた瞬間、拓海は自分の心がざわつくのを感じた。
再びやってきた運命、それは彼の心に不安をもたらすだけのものではなく、何か天からのメッセージのように響いてきた。
美月は何かを拓海に求めているのだと感じた。
「返すもの…?」拓海は考えた。
自分には何もないと思いながらも、その瞬間、小さな石をカバンから取り出した。
彼はその石を手のひらに乗せ、育ってきたこの園の思い出を詰め込んだような気がした。
それを美月に差し出すと、彼女は笑みを浮かべた。
「そう、それが必要なの。人々はいつも何かを持ち逃げしてしまうけれど、ここでは何かを返すことが大切なの。」美月の言葉は、拓海の心に深く染み渡った。
その瞬間、彼は自らの流れに逆らわず、すべてを受け入れる覚悟ができた。
次の瞬間、再び周囲が急に静まり返り、拓海の視界が白くなった。
目が覚めると、彼は園のベンチに座っていた。
周囲には誰もおらず、静けさだけが残っていた。
それでも、心には何か特別な重みを感じた。
拓海は、あの日の出来事を忘れられない。
彼が返した小さな石は、実際には人とのつながりを結ぶための重要な要素だったのかもしれない。
その日から、拓海は時折、あの園に足を運び、木の下で美月に会えることを願うようになった。
彼は毎回、何かを持参し、何かを返そうと心がけた。
すると、深い何かが彼の心に響き、いつしかその過程が運の一部であることに気づいていくのだった。
再び出会う日を待ちながら。