村の外れにある小さな離れに住む佐藤弘樹は、誰も寄り付かないその場所で一人静かに暮らしていた。
彼は若い頃から霊的な存在に敏感で、そこでの生活はいつも何かしらの異変に満ちていた。
特に、夜が深まるとともに、村人たちの間で語り草になっている「不気味なうめき声」が響き渡ることが多くなった。
弘樹は普段から、そんな声に対処するために数々の護符やお守りを用意していたが、ある晩、信じられないことが起こってしまった。
その日はいつもよりも冷え込む夜で、弘樹は温かいコーヒーを入れ、静かに過ごすことにした。
外からは風の音とともに、いつものうめき声が聞こえてきた。
「またか…」
弘樹はため息をつき、耳を澄ませた。
声は次第に彼の心に影を落とし、恐ろしい思いを抱かせた。
普段ならそこまで気に留めることのない声だったが、その日はどうしても気になって仕方なかった。
何かに導かれるように、彼は忍び足で外へと向かった。
気怠い夜風に吹かれながら、弘樹はその声の正体を確かめるために離れの周りをぐるりと歩き回った。
そして、裏庭に出た瞬間、彼は目を疑った。
薄暗い木立の中に、不気味な影がうごめいていたのだ。
それは、道のないところを進むようにゆっくりと動き、しだいに彼に向かって近づいてきた。
弘樹は背筋が凍りつくのを感じた。
心の中で必死に自分を落ち着かせようとしたが、恐怖に足がすくみ、動くことができなかった。
影は、まるで彼を試すかのように、少しずつ、その形を明確にしていった。
それは人の姿をしているようでもあり、決して近づきたくない存在であることを悟らせるような雰囲気をまとっていた。
「私の声、聞こえるか?」
その影は、意志を持ったかのように口を開いた。
その声は、寒気をもたらすほどの冷たさを含んでいた。
弘樹はかろうじて頷いた。
「なぜ私を呼んだ? 運命を変えたいのなら、覚悟を持って来い。」
その言葉は、彼の心に響いた。
彼は自分が切望していたことを思い出した。
村人たちが抱える悩みを少しでも解決するために、自分の力を試したいと思っていた。
しかし、その一方で、彼自身の選択がどれほどの影響をもたらすのか、恐れを抱いていたのだ。
影はそのまま消えかけ、そして再び彼に向かってうめき声を上げた。
「覚悟がないなら、私を呼ぶな。選びたくても選べぬ道があることを、忘れるな。」
弘樹の心に恐怖とともに興味が芽生えた。
運命とは果たして自分の手にあるのか、あるいはそれが他者によって形作られるものなのか。
それを確かめたい、確かめなくてはならない思いが彼の中で渦巻いた。
翌朝、彼は決心した。
もう一度あの離れに戻り、再びその影と話をすることを。
彼は知っていた。
うめき声の背後には、村の過去や運命に関わる何かが隠れていることを。
自分の選択が他者に影響を及ぼすことを、彼はもう一度受け入れようとしていた。
夜が訪れ、再び浮かび上がるうめき声に耳を傾けた弘樹は、離れへと向かった。
そこで待ち受ける運命も、しっかりと向き合って受け止める準備が整っていた。
彼はもう、逃げることはできないと理解していたのだ。
運命の声に向かって、弘樹は歩み出した。