ある夏の晩、静かな山道を走る車が一台あった。
運転していたのは、24歳の青年、佐藤健太。
彼は友人たちとキャンプに向かう途中、対向車がほとんどないこの道に一人で運転していた。
風景は美しいが、何か不気味な静けさが漂う。
道の両側には高い木々が立ち並び、昼間でも薄暗い場所だった。
健太は運転を続けるうちに、その不気味さが徐々に心に影を落としていくのを感じた。
そして、ふとした瞬間、彼はミラーの中に何かが映るのを見た。
それは、逆側から近づいてくる水色のセダンだった。
普段なら通り過ぎる車の一台に過ぎなかったが、その車は異様なほどの速さで迫ってきた。
「ちょっと速すぎじゃないか?」と健太は呟いた。
だが、気を失くすわけにもいかず、彼はそのまま走り続けた。
水色の車はしばらく彼の後ろを追いかけるように付いてきたが、すぐに姿を消した。
健太は少し安心したものの、その後の道の真ん中に何かが横たわっているのに気付いた。
それは、ボロボロの人形だった。
危うく轢きそうになりながら、健太は思わずブレーキを踏んだ。
人形を受け止めながら、彼は薄暗い山道にいることを思い出した。
まるで愛されたのに捨てられたかのような、不気味で哀れな表情をしていた。
それを置いて行くことはできず、健太は人形を車の後部座席に乗せた。
あえて戻る必要はないと考え、再びアクセルを踏む。
だが、その後すぐに、明らかに何かが不自然であることを感じ始める。
車のエンジン音が異常に小さくなり、振動も微妙に変わった。
彼が車のメーターを確認したとき、燃料計が急激に減っているのを見て、健太は驚いた。
おそらく、あの人形のせいだと瞬時に思考が走る。
不安に駆られ、健太は急いで近くの集落を目指すことにした。
しかし、疑念が頭をもたげる。
「この道はまるで、私を引き止めるかのように設計されている…。」まるで誰か、もしくは何かに操られているかのような感覚を覚えた。
運転を続けるが、道はどんどん険しくなる一方で、明らかに集落へ向かっている気がしなかった。
急に、後部座席から不気味な声が聞こえた。
「私を見捨てるの?」思わず振り返った瞬間、健太は人形がにこやかな表情から、恐ろしい笑顔になっているのを見た。
彼は恐怖に駆られ、アクセルを踏み込む。
しかし、車は急激に加速し始め、彼の制御を離れていく。
まるで何かによって操られているように、山道を逆走し始めた。
車のブレーキが効かず、健太はハンドルを必死に握りしめたが、果敢に操ることもできなかった。
その時、あの水色の車が再び現れた。
今度は彼の車を囲むかのように、後ろや横にどんどん近づいてくる。
そして、運転席には正体不明の男が乗っていた。
彼の目は虚ろで、口元には笑みが浮かんでいた。
健太はあまりの恐怖に悲鳴を上げた。
車は遂に山を駆け下り、健太は意識が薄れていく。
水色の車は彼の隣にぴったりと寄り添うようにして現れ、男の顔はずっと自分を見下ろしているように感じた。
目を覚ましたとき、健太は自分の車のトランクの中に入っていた。
周囲は静まり返り、誰もいない村の一角であった。
人形はなくなり、彼の胸には不思議な後悔が残っていた。
だが、ひとつだけ確かなことは、あの水色の車が迎えに来ていたのだということだった。
彼は二度とこの道に戻ることはできないのだと悟った。