夜の学校は静まりかえり、廊下の薄暗い明かりの中に、不気味な気配が漂っていた。
その学校では、かつて美術室で自ら命を絶ったという霊の噂が囁かれていた。
彼女の名前は、鈴木真由美。
「彼女の絵を見た者は、必ず不幸になる」という談話が学校中に広がり、真由美の存在は恐れられていた。
それでも、興味を持つ生徒たちの中には、その絵を見たいと思う者もいた。
ある日、好奇心旺盛な男子生徒の高橋健二は、友人たちと一緒に美術室に忍び込むことに決めた。
「どうせ怖い話ってのはデマだろ。実際に見れば、大したことない」と、高橋は軽いノリで言った。
友人たちは半信半疑ながらも、その冒険に加わることになった。
彼らは学校の裏口から忍び込み、美術室の扉を開いた。
部屋の中は暗く、埃をかぶった画材や壁に掛けられた絵が陰影を成していた。
高橋は、少し心臓が高鳴るのを感じながら、一番奥の壁に目を向けた。
そこには、誰もが忘れ去られたような一枚の絵が、静かに掛けられていた。
「これが真由美の絵だ」とつぶやいたのは、友人の田中。
彼はその絵をじっと見つめながら、文字通りその場に凍りついてしまった。
絵には、少女が自らの髪を逆さまに編んでいる姿が描かれていた。
その髪が描かれた部分は、まるで生きているかのように見え、高橋は不気味さを覚えた。
「なんで、この絵だけ逆さまに描かれているんだ?」と、高橋が口にすると、田中が急に顔色を変えた。
「それは……逆さまに描くことで、彼女が本当の姿を隠しているからだって、噂がある。真由美は、実際には自分を受け入れられなかったんだって」
その瞬間、周囲の温度が急に下がり、部屋の中に異様な雰囲気が漂い始めた。
高橋は背筋に寒気を感じ、思わず絵から視線を外した。
しかし、友人たちの目はその絵に釘付けになっていた。
「もっと近づいて見てみようよ」と、勇気を振り絞ったように高橋が提案した。
彼らは、恐れながらも絵に近づいていく。
しかし、近づくにつれ、その絵から放たれる不気味なエネルギーが彼らの心に響いてくるようだった。
高橋は、何かが自分を引き寄せるような感覚を覚えた。
「これは、ただの絵じゃない……」そう思った瞬間、絵の中から鈴木真由美の霊が現れた。
彼女は、薄暗い美術室の片隅に立っていた。
目はうつろで、彼らに視線を向けることはなかった。
高橋たちは恐怖に駆られ、逃げ出そうとしたが、その場から動けなかった。
霊はかすかに口を動かし、「私を見つめないで……」という声が低く響いた。
その言葉は、まるで高橋の心に直接届いてくるように感じられた。
そして、彼は奇妙な逆転した感覚に襲われた。
彼女が望んでいたのは「見られること」ではなく、「忘れられること」だった。
彼女は自分を受け入れてほしいと思いながらも、その存在に恐れられている不条理に苦しんでいたのだ。
一瞬、彼と友人たちはその感情に共鳴し、自らの内面に潜む恐怖と向き合うことになった。
すると、鈴木真由美の霊は微かに微笑み、彼らが恐れていた不幸の影がゆっくりと消えていくのを感じた。
高橋たちはその場から逃げ出し、勢いよく美術室を後にした。
しかし、心の奥で彼女の存在の重さを引きずりながら、彼らはその日の出来事を決して忘れられないことを知っていた。
どこか不幸を恐れた中で感じた真由美の痛みは、彼らの心に刻まれていた。
そして、彼らはその出来事を通じて、怖れを乗り越えることの大切さに気づくのであった。