「逃げられない道」

深夜の道を、一人の若者が走っていた。
名前は健太。
彼は大学のサークルの飲み会から帰る途中、あまりにも酔っ払っていて、いつの間にか道に迷ってしまった。
周囲は真っ暗で、月明かりしか頼りにはならない。
街灯の明かりもほとんど見当たらない。
健太は焦りながら、携帯電話を取り出したが、電波はまるで届かないようだった。

そんな時、彼はふと人影を見つけた。
白い服を着た女性が、道の端に立っていた。
髪は長く、薄暗い中ではその顔はよく見えないが、ただその存在感が異様だった。
健太は恐る恐る近づいていった。
「あの、すみません。道に迷ってしまったんです。ここはどこですか?」と尋ねた。

女性はただ立ち尽くし、健太に目を向けた。
その目は何かを訴えかけるようだったが、声はない。
健太は少しずつ不安になってきた。
「あの、何か言ってくれませんか?」と再度尋ねても、女性はただ動かず、視線を落とす。

その時、健太の背後で何かが動いた。
振り返ると、道の向こう側から数人の影が近づいてきているのが見えた。
黒い影が、一列になって歩いてくる。
その姿は不気味で、健太は思わず逃げ出した。
しかし、逃げようと足を動かした瞬間、女性の方から小さな声が聞こえた。
「逃げて…」

その声が耳に残りつつも、健太は全力で走り始めた。
暗い道をひたすら逃げ続けたが、どこか不安定な足取りで、道が続いているかどうかもわからない。
背後から迫る黒い影の気配が、彼の心をさらに焦らせる。
体が動かなくなりそうな恐怖が募る中、再び女性の姿が目に入った。
彼女はずっと後ろで立っている。
そこから何を求めているのだろうか。

健太は思わず振り返った。
「何を求めているんだ!助けてくれ!」と叫んだ。
しかし、その言葉によって彼女が助けることはなかった。
ただ、その目はさらに大きく見開かれ、彼に逃げるように促す。
健太はその姿に恐怖を覚えつつも、再び全力で走った。

影はどんどん近づいてくる。
時間が経つにつれ、彼はバランスを崩し、地面に転倒した。
心臓の音が激しく響き、周りの景色が歪んでいく中で、彼は起き上がろうとした。
背後で聞こえる足音は、まるで彼を獲物として追っているようだった。

そこへ、女性が再び目の前に現れた。
彼女は一瞬だけ深く息を吸い込み、やがて「逃げて」と繰り返した。
彼の目の前に少しだけ音が聞こえた瞬間、健太は思わず振り返った。

黒い影が彼の周りを囲むように取り巻いていた。
それは、無表情の顔と真っ黒な服を着た存在だった。
視線が怖ろしく、まるで彼を取り囲んでいるかのようだ。
恐怖にかられ、健太は彼女の手を取って逃れようと試みたが、彼女の手は冷たく、触れた瞬間に震え上がった。

その時、再び耳元で「逃げて」と声が響いた。
彼は我慢できず、その場から飛び出すと、目の前の道を一直線に走り続けた。
そして、次第に影が薄れていくのを感じた。
振り返ることはなかった。
彼はひたすら逃げ続け、ようやく明るい街灯の下にたどり着いた。

健太は心から安堵し、辺りを見渡した。
しかし、その瞬間、また背後から女性の姿が見えた。
彼女の目は変わらず、冷たい光を帯びていた。
「あなたは…もう戻ってこない」と拡がる暗闇の中で、最後の言葉が彼の耳に届いた。

それ以降、健太はその道を通ることができなくなった。
彼の心の奥には、逃げ続けることの恐怖と、彼女の姿が残り続けた。
それは、彼の運命に刻まれた、「逃げられない夜」だった。

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