佐藤翔は、大学生活の忙しさの合間を縫って、友人たちと一緒に山奥のキャンプ場へ足を運んだ。
何もかもを忘れ、自然の中でリフレッシュすることを目的にしていた。
しかし、その日は特に気持ちの悪い霧が立ち込めていて、周囲が薄暗く、静寂が支配していた。
キャンプファイヤーを囲みながら、翔は友人たちと共に楽しい時間を過ごしていた。
焚き火の明かりが心地よく照らし出す中、自然の音も耳に心地よい。
しかし、そんな夜も次第に薄ら寒くなり、周囲の静けさは先刻の賑やかさを嘲笑うかのようだった。
「なあ、何か面白い話ないか?」と、友人の冨田が提案した。
翔は少し戸惑ったが、彼はこのキャンプ場にまつわる不気味な噂を思い出した。
昔、幼い子供がこの山で迷子になり、今もさまよっているという話だ。
この霧の日には、彼の霊が現れるとも言われていた。
「実は、ここには伝説があるんだ。ある子供が迷子になって、帰らぬ人になったって話。それからこの山では、彼の声が聞こえるとも……」翔が話すと、友人たちは興味を示し、周りが静まった。
「その子供の声、どんな声なの?」と質問する野田。
翔は迷った末に続けた。
「彼の声は、戻ってきてほしいという願いを込めた、子供らしい純粋な声なんだって。」
友人たちはその話に引き込まれ、話が進むにつれて、無言の緊張感が全員を包んでいった。
突然、霧がさらに深くなり、周囲が真っ白な世界に変わった。
彼らは不安を抱きながらも、キャンプファイヤーの明かりを頼りに次第に盛り上がっていく。
その時、奇妙な現象が起きた。
突如として、彼らの背後から「戻ってきて……」と弱々しい声が響いた。
翔は心臓が高鳴り、振り返ったが、誰もいなかった。
「今の声、聞こえた?」と翔は恐る恐る言った。
皆はそろって頷き、完全に緊張した空気が流れた。
冨田は笑いを取るために「ただの風だろ」と言ったが、その顔からは明らかに肝が冷えた様子が隠せなかった。
シャドウのように深まる霧に包まれ、再び「戻ってきて……」という声が響く。
今度ははっきりとした声。
翔たちの心は次第に恐怖に飲まれていく。
「山を下りよう!」と叫ぶが、霧はまるで彼らを引き止めるかのように濃くなり、出口が見えなかった。
その時、翔は不意に思いつく。
周囲の景色が急に変わり、それが夢のように感じた。
友人たちが同じことを口にし始め、「ここ、本当に現実なのか?」と互いに疑い始めた。
戻らなければならない道が、いったん迷い込むと戻れない場所になっているように思えた。
「もう一度、力を合わせてみよう」と翔が提案すると、皆は手を繋ぎ、声を合わせて「戻りたい」と叫んだ。
その瞬間、霧が少し晴れ、彼らは先ほどまでの位置をわかるようになった。
だが、背後から子供の声が響いた。
「戻ってきて……」
一人残さずキャンプ場へ急ぎ足で戻り、どうにか山を下りることに成功した。
しかし、彼らの心には子供の声が永遠に刻まれ、どこかで一人の子供がまだ戻りを待っているのではないか、そんな思いが消え去ることはなかった。
数日後、翔はキャンプのことを話し合うため、友人たちを招集した。
画面越しでも、あの霧と子供の声の記憶は鮮明に残っている。
「どうだったと思う?」と翔が尋ねると、友人たちは口を揃えて「絶対にもう行くのはやめよう」と言った。
しかし、心の奥底では、あの声が彼らを再び呼び寄せるのではないかという恐怖があった。