「迷い道の囁き」

薄暗い月明かりが照らす舗装された道を、佐藤直樹は足早に歩いていた。
帰り道の途中、ふとしたことで道に迷ってしまった彼は、不安な気持ちを抱えながら、早く家へ帰りたいと焦っていた。
周りには誰もおらず、静けさが漂う。
まさに不気味な雰囲気だった。

直樹は、耳に何か異音が聞こえることに気づいた。
それは心ない音だった。
まるで遠くから誰かが自分に向かって叫んでいるような声。
彼は耳を澄まし、何処からその声が聞こえるのかを探った。
音は近づいてくる。
一瞬、心臓が高鳴る。

「誰かいるのか?」

そう呟くと、音は急に消えた。
しかし、何かが近くにいるという感覚は消えなかった。
直樹は不安と恐怖に駆られ、思わず振り返るが、後ろには誰もいない。
道の向こうに広がる暗闇に、何かが潜んでいるように感じた。
彼は今すぐにこの道を放り出して帰るべきだという思いを強くする。

だが、その時、再び音が響いた。
今度ははっきりとした声で、「帰ってはいけない…帰ってはいけない…」と繰り返される言葉だった。
直樹は恐怖で体が硬直した。
思わず目を閉じ、耳をふさいだ。
「こんなはずじゃなかった…」

そんな時、背後から何かの気配を感じた。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
真っ白な服を着た彼女は無表情で、直樹をじっと見つめている。
彼女の周りには、薄い霧が漂っており、何とも言えない異様な雰囲気を醸し出していた。

「あなたは…誰?」

彼は声を震わせながら問いかけた。
女性はゆっくりと口を開いた。
「私も、帰れなかった者。道を間違えたの…あなたも帰ってはいけない。」

彼女が何を言っているのか理解できなかった直樹は、逃げたい気持ちでいっぱいだが、足が動けない。
「いや、帰らせてくれ!」彼は叫んだ。
すると女性の姿が一瞬揺らぎ、直樹の目の前に近づいてきた。
「私の道を塞がないで…私も帰りたい。」

その瞬間、耳元で再び「帰ってはいけない…」という声が響き渡った。
彼は恐怖が心の奥から湧き上がり、女性に目を向けた。
彼女の目は虚ろで、まるで生気を失った人のようだった。
「どうして私たちは放っておかれないのか…」

直樹は彼女の言葉に引き込まれるような感覚を覚えた。
彼もまた、この道に取り残されているのだろうか。
しかし、彼は自らの心が折れそうになるのを感じても、何とか抵抗しようとした。
「私は帰る! こんなところに留まるつもりはない!」

彼がそう叫ぶと、女性の表情が一瞬変わった。
彼女の目が大きく見開かれ、まるで感情が戻ったかのように。
「あなたは…強い。帰りたいの?」その問いかけに直樹は頷いた。

「帰るのなら、私を残してはいけない。そうしなければ、あなたも私のように道に迷うことになる…」

その言葉を聞いた瞬間、直樹の心に恐怖が再び広がった。
彼は、もし彼女を見捨てて自分だけが帰ることを選んだら、彼女の呪縛に囚われてしまうのではないかという思いが浮かび上がった。
しかし、放っておくことはできなかった。
彼もまた、この道を放り出したいのだから。

「分かった、私も一緒に行く!」彼は声を上げた。
しかし、女性は微笑む一方で、その微笑みはどこか冷たいものを感じさせた。
「私を忘れないで。あなたは解放されるが、道を間違えた者として、あなたの心にはいつまでも影が残る。」

直樹は振り向き、月明かりの中、再び足を進めた。
その時、耳元で響いていた「帰ってはいけない」という声は徐々に遠のいていき、その瞬間、彼は道を見失うことなく、家にたどり着くことができた。

しかし、彼は振り返らなかった。
途中で出会った女性の姿は、いつまでも彼の心の中に影を落としていた。
時折耳にする風の音は、彼女の囁きが聴こえてくるかのようだった。
彼は決して道を放つことなく、自らを見失わぬよう生き続けるのだ。

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