「迷いの道の影」

原の裏山には、昔から「迷いの道」と呼ばれる不気味な小道があった。
その小道は、どんなに近道だと思っても、必ず本来の道から外れてしまうという噂が立っていた。
小道に入った者は、必ず迷い、元の場所に戻れなくなるという。
そのため、村人たちはその道を避け、特に夜には近づかないことを誓った。

ある時、佐藤健太は、友人の山田と共に原の裏山にハイキングに行くことを決心した。
健太は、他の友人たちが話す迷いの道の噂を軽視し、逆にそれを楽しむことにした。
「こんなの、ただの迷信だろ。行ってみようぜ、山田。」と健太が言うと、山田は少し不安そうに「でも、本当に迷うかもしれないよ」と答えた。
しかし、健太の好奇心が勝り、二人は迷いの道に足を踏み入れることにした。

日も高く、周囲はまだ明るかった。
二人は陽気に話しながら歩いていったが、道が次第に狭くなり、周囲の風景も変わっていった。
鳥の声も、風の音もなく、静けさが支配する小道を進むにつれて、少しずつ不気味さが迫ってくる。
健太は「ほら、全然大丈夫じゃん。もっと奥に行こうよ。」と笑顔を見せるが、山田は徐々に不安を感じ始めていた。

しばらく進むと、突然、周囲の木々が一斉に揺れ、一瞬冷たい風が吹き抜けた。
「ちょっと待って、なんか変じゃない?」山田が言った。
その時、健太の足元に何か黒いものがちらちらと動いた。
「え、なんだこれ?」と健太が下を見下ろすと、黒い影が一瞬消えた。
そうこうするうちに、二人の道は完全にだんだんと不明瞭になってきた。

急に空が暗くなり、辺りは急速に夜の帳が下りてきた。
二人は焦り始め、「戻ろう」と言ったが、どちらの方向に戻ればいいのか分からなかった。
それぞれの思考が混乱し、二人はそれぞれの道を進むことにした。
しかし、すぐに健太は自分が進んだ道が完全に違っていることに気づいた。

彼は声を張り上げて山田を呼ぶが、返事はなかった。
周囲を見回しても、山田の姿はどこにも見当たらなかった。
健太は心臓が早鐘のように鳴り、辺りの静けさが恐怖へと変わっていく。
その瞬間、健太は足元を覗き込む。
すると、再びあの黒い影が現れた。
今度は明らかに人型で、その姿は徐々にはっきりしてきた。

「戻れ…」それは小さな声だった。
影の顔には虚無感が漂っており、目はどこまでも深い闇に覆われていた。
健太の心に恐怖が押し寄せ、全身が震え上がる。
冷たい風が彼の頬を打ち、後ろから何かの気配を感じた。
「山田!」と叫ぶが、返事は届かなかった。
健太は逃げ出そうとしたが、影はその場で動かず、まるで彼の行く手を阻むように佇んでいた。

逃げて振り向くが、影は長い手を伸ばし、彼を引き寄せようとしていた。
「戻れ、帰れ…」その声が頭の中に響く。
恐れにひしがれながら健太は必死に走り続けた。
やがて、彼は道を見つけ、公園へと飛び出した。
しかし、その場所には山田の姿はなかった。

村へ帰った健太は、村人たちにその夜の出来事を話したが、彼はあの影が何だったのか、山田がどうなったのか、未だにわからなかった。
彼の心の中には、あの影の「戻れ」という声が深く刻まれ、今でも原の裏山に近づくことができなかった。
健太は思い出すたび、その恐怖が再び彼を襲い、夜が来るたびに不安に包まれるのだった。

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