深い夜、街の喧騒が嘘のように静まり返った。
月明かりが薄く照らす中、田中健太は自らの足音だけが響く寂しい道を進んでいた。
彼は普段とは違う道を選んだ。
暗い雰囲気が漂うこの場所は、いつもは避けた場所だったが、なんとなく惹かれるように足が向いてしまったのだ。
その道は、かつて村人たちが「迷いの道」と呼んでいた場所であった。
そこには、逃げることのできない悪夢が取りつくと噂されていた。
健太の心に、恐怖心が徐々に忍び寄るが、好奇心がそれをかき消していた。
「ただの噂だ、確かめてやる」と自分に言い聞かせていた。
進むにつれて、周囲の暗闇が一層濃くなり、まるで彼を包み込むかのようだった。
不気味な静けさが漂う中、ふと目の前に立つ電話ボックスが目に留まった。
ボックスの中は薄暗く、何かが彼を呼んでいるような気がした。
「行ってみるか」と思った瞬間、心の中で何かが警告を発するのを感じた。
健太は恐る恐るボックスに近づいた。
彼がボックスの扉を開けた瞬間、薄い霧が彼の足元を這うように立ち上がった。
その霧はゆっくりと彼に包み込まれ、周囲の景色が歪んでいくのを感じた。
内部には、古い電話が一台だけ置かれていた。
その電話の受話器は、まるで開放を求めるように揺れている。
好奇心に駆られ、健太は受話器を手に取り、耳に当てた。
すると、暗い声が彼の耳元で囁いた。
「信じるか、逃げるか？」彼は驚き、電話を離した。
しかし、周囲の霧はますます彼を包み込み、逃げ場を奪っていた。
「何だ、これ……」と彼は心の中で叫んだ。
再び受話器を耳に当てると、声は続けた。
「私を信じるか？この道を抜け出したいのか？」その声は、彼の心の奥深くを揺さぶった。
かつてこの道を歩いた者たちの亡霊の声なのか。
それとも、何か別の存在が彼を試しているのか。
「私は、逃げ出したい！もうここには居たくない！」と叫ぶと、電話の音が高まり、耳の奥に響いた。
すると、霧が彼の視界を埋め尽くし、何かが彼の心に突き刺さった。
それは理解できない恐れであり、同時に開放への期待でもあった。
彼の心は、信じたいという気持ちと、恐怖とが交錯していた。
その瞬間、彼の背後で物音がした。
振り返っても誰もいない。
心臓が高鳴り、彼は逃げ出したい衝動に駆られた。
霧が彼を包み続け、逃げるための道をますます狭めていく。
信じられない感覚が、彼に恐怖を植え付けた。
「早く逃げろ！」電話の声が響いた。
健太は意を決して、霧の中を手探りで進んだ。
何も見えない真っ暗な中、ただ逃げることだけを考えた。
しかし、足元がもつれ、転倒してしまった。
その瞬間、霧はまるで勝利を得たかのように彼を覆い尽くした。
声が再び響く。
「信じる者が生き残り、信じぬ者が迷い続ける。」その言葉が脳裏に焼き付く。
逃げることにはもう意味がないのか。
この道が逃げ出すことのできない迷路であることに気づいた時、彼の心の中に深い絶望が広がった。
彼は迷宮の中に閉じ込められ、永遠に逃げられない存在となったのだ。
そして、田中健太の名前は、やがて「迷いの道」を通る者たちの間で語り継がれ、再びこの道を訪れようとする者たちに警告として伝えられることになった。
そしてその声は、暗い夜に響き続け、絶えず逃げ場を求める者たちに囁き続けるのだった。
