「迷いの泉に消えた者たち」

彼は郊外の小さな村、日向村に住んでいた。
村は自然に囲まれ、静かで穏やかな場所だったが、村人たちの間には一つの恐ろしい噂がひそんでいた。
それは「還ってこない人々」の伝説だった。
村に住む者は、昔から誰かが村を離れると、必ず何らかの形で「る」ことが現れて、戻らないという不気味な話を語り継いでいた。

ある日、主人公のタケシは大学の夏休みを利用して、故郷の日向村に帰ることにした。
彼は子供の頃に遊び回ったこの村と、久々に再会できるのを心待ちにしていた。
しかし、帰る途中で出会った村人たちの表情はどこか曇っていた。
彼は不安を抱えつつも、家族の待つ実家に着いた。

家族との再会は温かく、心和むひとときだった。
しかし、母が口を開いたとき、タケシの心は一瞬凍りついた。
「あんたが大学に行っている間に、隣の家のケンジが村を出たのよ。でもね、彼はもう戻ってこないの」と。
タケシはその言葉の意味を理解し、胸がざわざわとした。

翌日、タケシは友人たちとともに村を散策することにした。
村の中心には神社があり、そこには「村を離れる者は、決して還ってこない」という石碑が建っていた。
タケシはそれを見て不安になるが、友人たちが興味津々の様子でその碑を取り囲んでいるのを見て、無理に笑顔をつくる。
村の歴史について語られるうちに、彼らはその話に夢中になっていった。

夕方、友人たちと別れたタケシは、一人で神社を訪れることにした。
彼はこの村の伝説を真剣に考え始めていた。
周囲は静まり返り、暗くなっていく中で神社の鳥居をくぐった。
夜の空気はひんやりとしており、彼は不安を抱えながらも、「あの泉に行ってみよう」と考えた。

村の北側には「迷いの泉」と呼ばれる場所があった。
その泉は昔から村人にとって神聖な場所とされていたが、同時に、村を離れた者たちのことを聞くこともあった。
ただ覗いてはいけない、というのが村人たちの教訓だった。
タケシはその泉に行くことで、何か真実を知れるのではないかと思った。

月夜の下、光る泉の水面を見入るタケシは、自分の影が水に映っているのを見つめていた。
その瞬間、彼はふと何かの気配を感じた。
視線を感じ振り返ると、村人たちの顔が、彼に向かって無表情で立っていた。
恐れが心を掴み、タケシは後ずさりした。
何が起こっているのか、理解しようと必死だった。

「タケシ、戻れないよ…」と聞こえたその声は、冷たい水の音に消えてゆく幻聴かと思ったが、どこか懐かしい声だった。
彼は振り返ると、そこには小さい頃に遊んだ友達、あのケンジが立っていた。
だがその彼は、どこか者とは思えない無表情で、かつ水の中から出てきたかのように見えた。
タケシは背筋が凍る思いで逃げようとしたが、足が動かない。
彼の心は、もう逃げられないという恐怖に囚われていった。

「お前もここに来てしまったか」、再びケンジの声が響く。
「この泉からは、二度と出られない。村を出た者の行き着く先は決まっているんだ」。
タケシは恐れに凍りつき、彼の目が虚ろになっていくのを感じた。
彼の中に沈む恐怖感が、目を覚ますかのように彼を束縛した。

その後、彼の記憶は次第に霧に包まれていった。
いつの間にか夜は明けて、村の人々はまた彼を探しに行っていた。
しかし彼は、迷いの泉に足を運び、村を出た者たちの仲間になってしまったのだ。
タケシは、もはや「る」こともなく、ただその場所で永遠に静寂の中にいることになった。
彼の姿は、村人たちに忘れ去られ、次第に新たな噂になった。

村人たちはまた新たな訪問者に対して極度の警戒心を抱くようになった。
タケシもまた、村の一部として「れ」たのであり、彼の存在は「か」けらのように村に残り続けるのだった。

タイトルとURLをコピーしました