「迷いの森の誘惑」

彼の名は健二。
大学生の彼は、ある日、友人とともにキャンプに出かけた。
夜、星が煌めく中、彼らは興奮して焚き火を囲み、さまざまな話をしながら楽しいひとときを過ごしていた。
しかし、そんな平和な時間も束の間、健二は友人たちの興味を引くために、迷いの森についての話を始めた。

「迷いの森って知ってる?あそこでは、暗闇の中に入ると、現実が捻れちまうらしいんだ。戻れなくなるって噂があるんだよ。」彼はそう言うと、全員の視線が彼に集中した。
友人たちは怖がったり、笑ったりしていたが、その表情の裏には恐怖が隠れているのを健二は感じていた。

次の日、昼間の光の下、彼らは好奇心からその森に足を運ぶことにした。
森に入ると、静けさが彼らを包んだ。
緑が生い茂る中、逆に心の底から不安が広がっていく気がした。
予想以上に暗く、空はすでに曇り始めていた。

迷った彼らは、すぐには戻れるだろうと楽観視していた。
しかし、その楽観は次第に消え去っていった。
昼間の光を求めて進んだはずなのに、気づけば彼らはどこにいるのかわからなくなっていた。

「これ、まずくないか?」友人の一人が口にする。
全員が不安な表情を浮かべていたが、誰も逃げ出す勇気を持てなかった。

しばらく彷徨うと、一体どれほど時間が経ったのかわからなかった。
迷うことに疲れ果てた健二は、何か奇妙な気配を感じ始めた。
それはまるで、森の奥深くから何かが彼に呼びかけているような感覚だった。
振り返っても、友人たちの姿はおろか、彼自身の存在さえ定かではない。
暗闇の中で彼は、心の底から恐怖を覚えていた。

「みんな、どこだ?」彼が声を上げると、その声は恐ろしい静寂にかき消される。
どれだけ呼んでも誰の声も返ってこなかった。
健二は自分が現から闇の中に飲み込まれていくような錯覚に陥った。

次の瞬間、ふと気がつくと、彼の目の前に薄い人影が立っていた。
顔は見えないが、長い髪が風に揺れている。
彼女はゆっくりと近づき、彼にこう言った。
「この場所に迷い込んだら、永遠に私たちの仲間になるしかないのよ。」その声はどこか懐かしく、同時に恐ろしかった。

「誰だ?!何を言っている!」健二は怒りで恐怖を飲み込みながら叫んだが、彼女の姿はますます不鮮明になっていく。
気がつけば、周囲がさらに暗くなっていった。
まるで彼がその場から消え失せつつあるかのような感覚に襲われる。

「いなくならないで…」彼の背後から再び友人たちの声が浮かび上がった。
だがその声も、かすかに聞こえるだけで、どこにいるのか全くわからない。
月日が経つことで、闇は彼の心に静かに忍び寄っていた。
底知れぬ絶望がやがて彼を包み込む。

彼は思い出した。
友人たちと共に過ごしていた楽しい思い出が失われようとしている。
彼は必死に心の中で叫んだ。
「皆と一緒に戻りたい!迷いたくない!」その瞬間、隣にいる人影は急に消え、明るい光が彼を包み込んだ。

果たして彼は、気がつくと森の外に出ていた。
冷たい風が彼を包み込み、心を軽くさせた。
しかし、彼の心の中には消えない恐怖が残っていた。
友人たちの姿は見当たらず、ただ一人、彼だけがその光景を見つめていた。
迷いの森からの帰還は出来たものの、心の奥深くに刻まれた変わり果てた現実を忘れることはできなかった。
彼はその後も、友人たちの声を思い出すたびに深い闇に苛まれ続けることになる。

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