奥深い山の中に、ひとつの古びた村があった。
その村には、過去の悲劇とともに語り継がれる不気味な伝説があった。
人々はこの村には入らないようにし、特に夜の帳が下りた後は近づくことすら避けていた。
ある年、大学生の佐藤健二は友人たちと一緒に肝試しをすることに決めた。
彼はこの村の伝説を知っていたが、敢えてその神秘に挑むことを選んだのだ。
「この村には、迷った人々を追いかける霊がいるらしいぜ」と友人の中村が笑いながら言った。
「もし捕まったら、二度と帰れないって話だ。」
みんなはその言葉を笑い飛ばしたが、健二の心には不安が浮かんでいた。
投げやりな態度を装っていたが、彼はその伝説の真相を知りたかった。
明るい日差しの中、彼らは村の入り口に立った。
異様な静けさが漂い、空気が重く感じられた。
村の奥へと進むにつれて、気温が下がり、突然の静寂に段々と不安が募ってきた。
彼らは村の中心にある神社へ向かい、その周りを探索し始めた。
どこか不気味な雰囲気を漂わせる神社の境内に立つと、健二は何かに取り憑かれたかのように、村の奥へと足を進めてしまった。
「健二、どこに行くんだ!」友人たちの叫び声を背に、健二は幼い頃、母に言われた言葉を思い出していた。
「迷ったときは、必ず戻ってくるんだよ。」
彼は深い森の奥へと進み、その先に広がる闇を見つめた。
無数の木々が覆いかぶさるかのように、彼を包み込む。
古びた道を歩くうちに、誰かの気配を感じた。
その瞬間、彼の背後から呼ぶ声がした。
「健二」と、優しい声が響く。
振り返ると、彼の母が立っていた。
「お前、こんなところにいると危ないよ。早く戻りなさい。」
無垢な顔で笑う母の姿を見て、健二は胸が締め付けられる思いだった。
だが、その瞬間、何かが彼の心の奥を揺るがした。
彼は思わずつぶやいた。
「お母さん、でも、私はここで迷っている…」
健二は自分の言葉に気づく。
彼は今、本当に迷っているのだ。
すると、母の表情が急に変わり、笑顔が消えた。
目の前の景色が歪み、健二は恐怖を感じた。
彼の心に潜む“迷い”が具現化し、彼を追いかける影となった。
「戻りなさい!うおおお!」友人たちの声が遠ざかっていた。
健二は必死に逃げたが、その影は瞬く間に近づき、追い立ててきた。
健二は思い出した、自分が捨てたモノ。
それは、過去の選択だった。
迷った時、つい殻に閉じ込めてしまった自らの感情。
彼は逃げることから目を背けず、立ち向かうことを決意した。
「お母さん、もう一度だけ、あなたを思い出したい。」
その瞬間、透明な影の中に、幼い日の母の姿が浮かび上がった。
健二は声を振り絞った。
「思い出そう。でも、恐れない!私は、「望」を持って進む!」
その言葉とともに、彼は影に向かって手を伸ばした。
影は一瞬立ち止まり、彼を見つめた。
今までずっと心の隅にあった“迷い”が、なぜ消えないのかを理解した。
母の笑顔は、まさにその迷いの中に込められていた。
影は消え去り、健二は前へと進んで行った。
彼は村の入り口にたどり着き、友人たちの姿が見えた。
「健二、無事だったか!」そして、彼は一歩一歩進むにつれて、心の中にあった重りが少しずつ軽くなっていくのを感じた。
彼は過去に背を向けず、前に進むことで、迷いから解放されていた。
そして、奥深い森の中での出会いは、彼にとって今後の人生を照らす明かりとなったのだった。