「迷いの時間」

ある午後、大阪の地下鉄に乗っていた高校生の直樹は、普段通りの帰宅途中だった。
彼は、友人たちと遊ぶ約束があったため、急いでいた。
だが、その地下鉄の車両の中には、彼の知っている場所とは全く異なる異様な雰囲気が漂っていた。
薄暗い車両、窓の外に広がる見慣れない景色、そして何よりも、周囲にいた乗客たちの浮かない表情が彼を不安にさせた。

無言のまま隣に座っていた女性が気になり、直樹は思わず彼女を見つめた。
彼女の顔は青白く、目の奥には何かを訴えかけるような寂しさがあった。
それに気づいた直樹は、何か言おうと口を開いた瞬間、車両が突然揺れた。
次の瞬間、彼は気を失った。

気がつくと、直樹は見知らぬ場所に立っていた。
そこは不気味な電車のホームで、周囲には誰もいなかった。
彼は混乱しながらも、何が起こったのかを理解するために周りを見渡した。
その時、ふと後ろから声が聞こえた。
「あれ、あなたも迷い込んじゃったの?」彼が振り返ると、先ほどの女性が立っていた。

「私も同じ、ここは…どこなの?」直樹は尋ねると、女性は少し微笑んだ。
「この場所は時間が止まっているの。外の世界とは別の次元にいるのよ。」

直樹は恐怖を感じながらも、彼女の話を聞いた。
「時間が止まっている?」直樹は理解できなかった。
「ここから救い出してくれる人がいるの?」

「私たちはここから抜け出さなければならない。でも、簡単にはいかないわ。」女性は真剣な表情で言った。
彼女が何かを知っているという確信が直樹の胸を占めていた。

「じゃあ、どうすればいいの?」直樹は焦る気持ちを抑え、女性に尋ねた。
すると彼女は、目を細めて何かを無心に考えるように見えた。
彼女は一瞬目を閉じ、「私たちがここで向き合わなければならないのは、過去の自分なの。」とつぶやいた。

一瞬の沈黙の後、彼女は直樹の手を引き、周囲に次々現れる映像を示すようにずらりと並べた。
それは直樹の記憶、彼が過去に経験したことのある出来事の断片だった。
彼はその一つ一つに自分の心を刺されるように感じた。

「なぜ、こんなものを見せるの?」直樹はたまらず言った。
女性は顔を背け、落ち着いた口調で答えた。
「ここから救われるためには、向き合わなければならないの。この場所にいることを選んだあなたたちの心の闇に。」

直樹は、次々に映し出される記憶を前に、どうにか立ち向かおうとした。
しかし過去の自分の失敗や後悔が、まるで彼を責めるかのように圧し掛かってきた。
自分の弱さ、無力さ。
彼はどうしても逃げたくなったが、女性がしっかりと彼の手をつかんでいた。

「一緒にここを抜け出そう。恐れないで、救いは自分の中にあるわ。」女性の言葉が直樹の心に響いた。
それと同時に、彼の心の奥底で何かが変わり始めた。
彼は映し出された自分自身と真正面から対峙することを決意した。

その時、目の前の映像が鮮明な光を放ち、直樹は昏倒するかのように目を閉じた。
一瞬の静寂の後、再び意識を取り戻したとき、彼は地下鉄の車両の中に戻っていた。
周囲はいつも通りで、何事もなかったかのようだ。

直樹は何が起こったのかを思い出そうとしたが、記憶はうっすらとした霧の中に消えてしまった。
ただ、女性の穏やかな微笑みが心に残っていた。
そして彼は、過去に向き合うことで、今を生きる力を得たことを理解していた。
彼はもう少し強くなったのだと感じながら、日常の生活に戻るのだった。

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