深い夜、月明かりが薄く照らす山道を、一人の若者が歩いていた。
佐藤は友人と共にキャンプへ出かける途中、迷ってしまい、知らぬうちに道を外れてしまった。
周囲は静寂に包まれ、ただ風の音だけが時折聞こえる。
時間の感覚が失われ、彼は不安を抱えながらも、何とか道を探そうとしていた。
その時、佐藤の視界に入ったのは、古びた旅館だった。
朽ちた木の看板には、かつての宿泊客たちが過ごしたであろう名残が残っている。
好奇心が勝り、佐藤は旅館の中へと足を踏み入れた。
薄暗い廊下が続き、異臭が漂っている。
誰もおらず、まるで時間が凍ったような感覚を覚えた。
廊下を進むと、何かに引き寄せられるように、一室の扉が開いていた。
中に入ると、そこには一枚の古い掛け軸が飾られていた。
絵には、一つの大きな輪が描かれており、その中心に大きな目があった。
まるで佐藤を見つめ返しているかのようで、彼はぞっとした。
その瞬間、佐藤の耳に誰かの囁きが響いた。
「この場所に来る者は、過去に怨みを持つ者よ。」振り返るが、誰もいない。
緊張感が高まり、彼は振り返ろうとしたが、体が動かない。
恐怖が彼を支配し、ただその場に立ち尽くしていた。
「輪は回り続ける。恨み念は時を超えて再生する。」その声が再び聞こえた。
彼は理解した。
この旅館は、怨恨や恐怖が集まり、永遠に繰り返される場所なのだと。
過去に何があったのか、知る由もなかったが、彼の中で何かが対になっている気がした。
急に廊下の奥から足音が聞こえ、恐怖に駆られて逃げ出した。
けれども、どうあがいても出口は見つからない。
同じ場所を彷徨い、まるで迷路のように壁が閉じていく。
心臓が高鳴り、息が苦しくなる。
その時、彼は一人の女性を見かけた。
彼女の顔は青白く、目は虚ろだった。
「助けて……助けて……」彼女はそう呟きながら、消えゆくように壁に吸い込まれていった。
彼女の姿は佐藤の心に深い衝撃を与え、彼は何かが間違っていることに気づいた。
周りの環境が急に変わり、木々が生い茂る庭に出てしまった。
高い木の間から、月の光が差し込んでいて、奇妙な光景が広がっている。
その瞬間、彼の目に映ったのは、再びあの輪と目だった。
輪の中に様々な人々の姿が見え、その中にはあの女性も含まれていた。
彼の背後からまた囁き声が聞こえた。
「恨みがある者は、ここに留まる運命。」周りが恐怖に包まれる中、佐藤の頭に過去の記憶が蘇ってきた。
かつて彼が、友人との些細な喧嘩で彼を捨てたこと、そしてその友人が事故で亡くなったこと。
彼の心には、確かに彼に対する恨みが宿っていた。
佐藤は知った。
この旅館自体が、過去の恨みを集め、同じ苦しみを生き返らせる場所なのだ。
彼は自分が逃げようとしても、決して自由にはなれないことを理解した。
彼は再び廊下へ戻り、足音を聞いた。
後ろには、彼の周囲を取り囲むように人々が現れ、彼を見つめている。
「あの時、あなたのせいで……」と、彼の耳元で呟いた。
恐怖と後悔の念が彼を包み込む。
彼の運命は決まった。
彼は恨みに囚われ、この旅館で永遠に彷徨うことになる。
時は進むことなく、ただ彼の心に刻まれた過去の痛みが、再び輪となって彼を捕らえ続けるのだった。