ある冬の日、東京都心から離れた静かな山中に、迷い込んだ人々を助けることを目的とした「迷の家」と呼ばれる施設が立っていた。
小さな木造の建物と、その周囲を囲むように広がる霧の濃い森。
ここには、どこからともなく現れる謎めいた存在がいた。
それは、かつて告げられた「還」の言葉に導かれた人々が集まる場所でもあった。
大学生の田中大輝は、友人たちと一緒にハイキングに出かけた。
だが、無邪気な笑い声が消える頃、彼らはあっという間に迷子になってしまった。
霧が立ち込め、周囲の木々が不気味にゆらめく中、気づけば夜も迫っていた。
振り返っても、彼らが通ってきた道すら分からなくなり、恐れを抱えつつ、彼らは「迷の家」を探し始めた。
やっとのことで見つけたその家の扉をノックする。
しかし、返事はなく、ただ凍った風の音だけが響く。
彼らは意を決して中に入った。
中は薄暗く、古びた家具が並んでいるが、誰も住んでいる様子はなかった。
ただ、家の中には一つの不気味な現象があった。
それは、床にちらばる無数の足跡だった。
古い木の床を踏むたびに、足跡はしっかりと刻まれ、まるで見えない誰かが踏みしめているようだった。
友人の中で一番冷静だった美咲は、「これは、過去にここに来た人々の足跡なのかもしれない」と呟いた。
他の三人はさらに不安になる。
特に、大輝はこの足跡の存在が神経を逆撫でするように感じていた。
「なんだ、この足跡は。おかしいだろ」と、彼は顔を曇らせた。
その時、重い空気を突然破ったように、どこからともなく声が聞こえた。
「還りたいか……？」ささやくように響く声は、彼らの心に直接届くような気がした。
四人は驚き、互いに顔を見合わせた。
そして、その声は再び続いた。
「忘れた記憶を、ここで取り戻せる。だが、それには代償が必要だ。」
「代償？」大輝が声を上げる。
彼はもうこの家にはいたくないと思っていた。
だが、恐れとは裏腹に、声の魅力に引き寄せられるような感覚もあった。
「お前たちの足が必要だ。還るために、その代わりに足の一部を寄こせ。」
恐怖に駆られ、不安が心を占めていく。
だが、ふと美咲が彼を振り向いた。
「大輝、これがチャンスだ。私たちの足を分ければ、過去の自分たちに還れるかもしれない。」その言葉に彼は一瞬耳を疑った。
自分たちの過去とは何なのか、そして何を忘れたのかを考える。
その時、友人たちの中で一番臆病だった中村が叫んだ。
「もうやめだ！こんな気持ち悪いこと、俺にはできない！」彼は足早に家を出て行こうとした。
だが、その瞬間、家のドアが突然閉まり、彼は入れなくなった。
驚愕し、友人たちは家の中で混乱した。
「気を静めて。何か解決策があるはずだ」と美咲が言い、全員が声を合わせた。
だが次の瞬間、床から新たな足音が響き始めた。
薄暗い部屋の先から、見えない何かが迫ってくる。
「足が欲しいのだ！還るためには、代償を払え！」
恐怖の中、運命の時は刻一刻と迫る。
彼らは自らの心の奥にある本当の「還りたい」気持ちに気づく。
だが果たして、果たしてそれが彼らの選択を正当化するのだろうか。
友人たちは再び、目の前の足跡に目を向ける。
彼らの行く先に待ち受ける運命が、どこかに紛れ込んでいるようだった。
選択の時が近づく中、彼らはそれぞれの心に宿る思いを抱えたまま、「迷の家」に留まることになった。
