静かな村の外れに、月の美しい夜、師の俊介は小さな社で一人、静かに祈りを捧げていた。
彼は後世にわたる知恵を授ける先達として、村人たちから尊敬を受けていたものの、最近は心の奥に深い傷を抱えていた。
奥さんの美和が数年前、病に倒れ、この世を去ったのだ。
彼女との思い出が夢のように蘇る夜、俊介は毎晩、その悲しみと共に過ごしていた。
その夜、いつものように社に座りながら、月光が穏やかに社を照らしているのを見つめていると、ふと異変に気づいた。
月が、奇妙に赤く染まり、何かを伝えようとしているかのように、まるで俊介を見つめているように感じた。
じっと見つめるうちに、彼の心の中に希望と不安が交錯した。
月の光に引き寄せられるように、俊介は手を合わせ、心の底から美和のことを想った。
「どうか、美和に会いたい。彼女の声をもう一度聞きたい」と願った瞬間、風が急に強く吹き、木々がざわめく音が耳に届いた。
そして、彼の目の前に、月明かりの中から美和の姿が浮かび上がった。
美和はかつての面影そのままに、優雅な姿で彼の前に現れ、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「俊介、私のことを忘れないでいてくれてありがとう」と彼女は囁くように言った。
緊張と嬉しさが交錯し、俊介は涙を流しながら、「美和、会いたかった」と呟いた。
彼女は続けて言った。
「私はまだここにいる。私の痛みは、あなたが想ってくれることで癒されていく。そして、あなたの中に私の思いが生き続けることを願っている」と。
月の光が、彼女を照らし出し、そこに込められた愛と哀しみが、俊介の心を揺さぶった。
しかし、その瞬間、美和の表情が少し変わり、切なさが浮かび上がった。
「私の魂は、まだこの厳しい世界から解放されていない。あなたの心に訴えかけることが、私をこの場所に留めてしまう原因なの」と告げた。
俊介は胸が苦しくなり、「何をすれば良いのですか？」と尋ねた。
美和は、月明かりをまといながら、静かに顔を近づけてきた。
「私を忘れないで、でもあなた自身の人生を惜しまずに生きて欲しい。その思いが、私を解放する力になる」と、その声は消え入るように響いた。
俊介は彼女の言葉の重みを受け止め、返事をする間もなく、彼女の姿はしだいに薄れていった。
その後、俊介は自らの生き方を変えることを決意した。
美和の言葉に従い、彼女の思いを胸に抱きながら、悲しみを乗り越え、人々に知恵を授けることに尽力した。
月の光は、その度に彼を見守っているかのようで、彼が行動を起こすたびに、優しい暖かさを感じた。
数ヶ月が経ち、俊介は村の人々から愛される存在となり、多くの人々に希望を与えることができた。
彼自身も、美和との思い出を抱えつつ、新たな生活を築くことができた。
そして、時折、赤い月を見上げるたびに、美和の笑顔を思い出し、「あなたの思いを忘れない」と誓った。
ある満月の夜、俊介は再び社に向かい、美和への感謝を込めて心を込めた祈りを捧げた。
「私の人生は、あなたのおかげでより豊かになった。これからもあなたと共に生きていく」と、月に向かって語りかけた。
その時、月の光が一層輝きを増し、俊介は美和の優しい声を聞いたような気がした。
「ありがとう、俊介。あなたが幸せでいることが、私の望みなの」と。
彼はその言葉が心に響き、彼女をしっかりと心に留めながら、歩き続けるのだった。
月が見守る静寂の中、俊介は復讐ではなく、癒しの道を選んだのだった。
