夜深い山道。
恒介は、友人たちと一緒にキャンプに出かけた帰り道、道に迷ってしまった。
釣りやバーベキューを楽しんだ疲れもあってか、周囲は薄暗くなり、心なしか空気も重く感じられる。
道端の木々は風で揺れ、時折、何かの視線を感じるようだった。
「もう、どこにいるのかわからないな」と恒介は呟いた。
彼の目の前には、かすかな灯りが見えた。
それは、どこか人の気配がするような、かすかな温もりを持った光だった。
友人たちもその光に引き寄せられるように歩き続けた。
「あれ、何だろう?」と綾香が声を上げた。
「行ってみるか?」と透は少し興奮した様子で言った。
何か不気味さを感じつつも、好奇心が勝り、彼らはその光に誘われるように近づいて行った。
光の元に辿り着くと、そこには小さな茶屋があった。
どこからか湯気が立ち上り、仄かな香りが漂う。
茶屋の前には、座敷のような場所があり、座っている女性が一人、笑みを浮かべていた。
その姿はどこか懐かしく、しかし同時に異様な魅力を放っていた。
「どうしたの、道に迷ってしまったの?」女性は優しい声で尋ねた。
彼女の目の前には、白い襖で仕切られた小部屋があり、その奥には将棋盤が置かれていた。
恒介たちはうなずきながら、「少し道を探していて」と答えた。
「そこの灯りに寄り道をしたのなら、私の茶屋で少し休んでいきなさい。お茶を淹れるから」と彼女は言った。
恒介たちはお茶に誘われて、背中を押されるように中に入った。
茶屋の中は不思議と落ち着いた空間だった。
テーブルには和菓子が並び、心地よい音楽が流れている。
彼らは静かな和やかさに心を癒されていた。
その時、女性が語り始めた。
「実はこの道は特別な道なのよ。迷うとうまくいかないことがある。それでも、この茶屋に来たあなたたちは、何か選ばれたような気がするわ。過去の思い出や未練が、ここで紐解かれていくかもしれないね。」
恒介はその言葉に不安を覚えた。
「選ばれた?どういう意味ですか?」彼は無意識に心の奥に蓄積していた不安や後悔を思い出しながら、目を合わせた。
女性は穏やかな微笑を浮かべつつ、彼の目を見つめた。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
まるで何かが憑依してくるような感覚。
彼女の目に見えない力が宿っているかのようだった。
「未だ、あなたの選択肢はたくさんあるけれど、それに見合った結果もある。どちらを選ぶか、今日の出来事があなたに何をもたらすか、分かりやすく感じるかもしれません。」
透はその不気味な雰囲気に気づき始めて、言葉を口にした。
「もう帰った方が良いんじゃないか?お茶が終わったら、さっさと行こう。」だが、女性は微笑みを崩さず、「その選択はあなたが選ぶことよ。」と言った。
恒介は心の中に渦巻く迷いと恐れの感情に悩まされ、茶屋を出る決意を固めた。
「もう帰りましょう、みんな」と言葉を発するが、彼の声はどこか弱々しい。
茶屋を出ると、外は暗闇に包まれていた。
不気味な静寂と共に、彼らは少しずつ恐怖心が募る。
しかし、道を進むうちにまた光が見えた。
それは、先ほどの茶屋の光と似ていた。
再び引き寄せられるように立ち止まる。
「戻るのか?」透が言い、恒介はその白い襖の奥に潜む何かを感じた。
「いや、もうあそこには行かないほうがいい」と言い聞かせて道を進んだ。
だが、彼の心の奥には、その女性の微笑と声が引き寄せられ続けた。
まるで憑りつかれたかのように、彼はその道を選び続けることになった。
次第に道は彼らを遠く、暗い場所へと誘い込んでいく。
彼らの中の何かが、選択を忘れさせ、ただ道を進ませ続けた。
茶屋の女性の笑みが、彼らの心の底に一生残り続けるのであった。