「誘われた者たちの河」

夏のある暑い日の午後、少年の浩二は、親友のマナと一緒に近くの河原に遊びに行った。
この河は、彼らの住む町の外れにあり、普段は穏やかで透明な水が流れていたが、普段の姿から一変し、今日の河は不気味な静けさに包まれていた。

浩二は「今日は涼しそうだね」と言いながら、マナの方を振り向いた。
マナはその時、少し不安そうな顔をしていた。
「うん、でもなんか変な感じがする…」彼女は河の流れを見つめたまま言った。
浩二もその視線に引き寄せられ、河の水を見つめると、確かにいつもと違う感覚を感じた。
水面が不自然に静まり返っていて、どこからともなく微かな囁き声が聞こえてくるようだった。

「もう少し先まで行ってみようか?」浩二は明るく提案した。
マナは一瞬ためらったが、浩二の好奇心に押される形で彼について行くことにした。
二人は河の岸を歩きながら、無邪気に遊び始めた。
石を投げたり、水に手を浸したりしながら、いつしか夢中になっていた。
しかし、次第に沈黙が二人を包み込み、囁き声はますます大きくなっていった。

その時、浩二の目に不気味な光景が飛び込んできた。
河の水面がゆらりと動き、何かが浮かんできた。
光の加減で、何か白いものが見えた。
「ねえ、マナ…あれ、見て」と浩二は指を指した。
マナも目を細めてその方向を見た。
「何か、いる…」彼女の声は小さく震えていた。

ゆっくりと近づいていくと、白い影は次第に明らかになっていった。
それは一人の少女だった。
彼女は静かに水に浮かび、目を閉じている。
浩二は「大丈夫かな?」と心配になり、一歩踏み出した。
すると、突然その少女が目を開け、浩二を見つめた。
目は虚ろで、薄暗い水の下から何かを訴えかけているようだった。

「来て…」その少女は声音をあげた。
「遊びたいの…」その瞬間、浩二の心に恐怖が走った。
彼は後ろへ歩き出そうとしたが、体が動かなかった。
周囲の風景が歪み始め、河の岸が揺れているように感じた。

「ついてきて…」その声は冷たく響きながら、浩二の胸の奥に爪を立てるようだった。
マナも震え上がりながら、その場から逃げ出そうとしたが、次の瞬間、彼女はその少女に引き寄せられるように河の方へ近づいていった。
浩二は必死に彼女を呼んだ。
「マナ、来ないで!やめろ!」しかし、マナの顔には恐怖ではなく、どこか安堵の表情が浮かんでいた。

「浩二、来て…ここはいいところよ…」マナの声は次第に遠くなり、そのまま少女の隣へとなだれ込むように消えていった。
浩二は、彼女の手を掴もうとしたが、空振りしてしまった。
まるで彼女が水の中に引き込まれる光景を目の当たりにするかのようだった。

「マナ!」浩二は絶叫したが、もう声は届かない。
何もかもが流れ去り、彼にはただ少女とマナの姿が薄れ行くのが見えた。
彼の目の前に現れたのは、少女の口から滴る水の泡立ち…。
浩二は恐れと失望で体が固まり、逃げ出すこともできなかった。

それからどれほどの時間が経ったのか、浩二は河の岸に倒れ込んでいた。
あたりは静まり返り、あの囁き声も消えてしまっていた。
彼は一人、恐怖に打ちひしがれながら、二人が消えた場所を見つめていた。
そこはただの河で、思い出の影すらも存在しなかった。

後日、彼は友人を探し続けたが、マナの姿はどこにも見当たらなかった。
町の誰もが気づかない中、浩二は一人、あの日の河原を思い出しながら、二人の影を探し続けた。
河の水面が時折揺れるのを見るたび、彼は心の奥底で何かが失われたことを感じていた。
今もその河は、誰かを誘う声を潜ませながら流れ続けているのだ。

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