霧の立ち込める夜、街の外れにある静かな園には、長い間人々が近寄らなくなっていた。
かつては子供たちの笑い声が響いていた場所も、今では忘れられた幽霊のような場所と化していた。
そんな園には、「怪」と呼ばれる存在が棲みついているとの噂が立ち、誰もその真相を確かめようとはしなかった。
ある晩、一人の若い女性、名を梨花と言った。
彼女は好奇心旺盛な性格で、自らの身をもって真実を確かめることを決意した。
彼女は友人から聞いた怪の話を思い出し、恐怖心よりも興味が勝った。
勇気を振り絞り、梨花は園へと向かうことにした。
月明かりの下、彼女の足元には草が茂り、所々に朽ちた木のベンチが見えた。
静寂の中、梨花は何かに引かれるように進んでいく。
すると不意に、中から声が聞こえてきた。
それは悲痛な響きで、まるで誰かが呼んでいるような気配がした。
「消えてしまった……」
その声は不明瞭でありながら、梨花の心の奥に響いた。
彼女は恐怖を感じつつも、声の源を探しに行くことにした。
進むにつれて、やがて目にしたのは大きな木の下で座り込む「怪」だった。
彼女の姿は灰色で、まるで朽ちかけたような存在感があった。
「私はいったい……何者なの？」怪は自らの存在に疑問を抱き、梨花に眼を向けた。
彼女は思わず震え上がったが、どこか引きつけられる気持ちがあった。
怪の存在に心を奪われるような感覚。
梨花は、今ここにいることの意味を感じ取っていた。
「あなたは消えそうな存在なの？」梨花は恐る恐る問いかけた。
怪は頷きながら言葉を続けた。
「私はここに愛されず、忘れ去られた者。自らの記憶さえも取り戻せず、ただこの園に留まることしかできない。」
梨花はその言葉に胸が苦しくなった。
「どうして消えなければならないの？あなたのことを知る人はきっといるわ。」
「いない……私を知っている者は、もうこの世にはいない。」怪の目には悲しみが宿り、梨花はその声に引き寄せられた。
彼女は心のどこかで、この存在に何かしらの力を感じていた。
このままでは彼女が消えてしまうのではないかという不安が胸を締め付けた。
梨花は思い切って言った。
「私があなたのことを知っている。ここから出て行かないで。私はあなたを忘れないから。」
その瞬間、怪の顔が驚きに変わった。
次第にその目に光が宿り、微かな笑みが浮かぶ。
「あなたの言葉は、私の中の消えかけた記憶を呼び覚ます。」怪は嬉しそうに言った。
梨花は、その瞬間、何かが変わるのを感じた。
彼女はこの怪との交流を通じて、彼女が生きていた頃の物語を語り始めた。
彼女が愛していた人々の話、彼女がどんな夢を抱いていたかを伝えた。
自分自身の過去にも触れ、園がかつては笑顔で満たされていたことを思い出させるように、語り続けた。
すると、夜空に一瞬の光が走った。
怪の姿が次第に鮮明になり、梨花の目の前で消えかけていた存在が形を取り戻していった。
「ありがとう、あなたの記憶が私を解放してくれる。」怪は微笑み、静かに消えていった。
その日以来、梨花は園を訪れるたびに怪の話を語り継ぎ、彼女の存在を忘れないように心がけた。
園は再び人々が集まる場所となり、怪の消えた記憶は梨花の中で生き続けることとなった。
彼女の愛で消された不安と悲しみが、園に忘れられない風景をもたらしたのだ。
