「記憶の洞窟」

修は、温泉街で有名な小さな村に住んでいた。
彼は大学生で、休暇を利用して村の祖父母の家に帰ることに決めた。
修は、温泉で体を癒し、日頃の疲れを忘れられるのを楽しみにしていた。
しかし、その帰省が期待の裏に潜む恐怖へと変わるとは、彼は思いもしなかった。

ある夜、温泉に浸かりながら、修はゆっくりと目を閉じていた。
湯気に包まれ、心地よい温もりが全身を包む。
しかし、その瞬間、瞼の裏に奇妙な光景が広がり始めた。
自分が夢の中にいるような、不思議な感覚に包まれたのだ。
彼は、暗い洞窟の中をひたすら歩いていた。
左右には水滴が落ちる音が響き、少しずつ先が見えてきた。

その先には、明るい光が差し込む場所があった。
やがて、修は洞窟の出口にたどり着き、外に出ると、美しい山々と温泉街が目の前に広がっていた。
しかし、何か違和感を感じる。
村の様子は、現実の村とは明らかに異なっていた。
人々の顔はぼやけていて、声がかすかに聞こえてくるが、何を言っているのかさっぱり分からない。

修は村を歩き回り、何度か人々に話しかけるが、誰も彼に反応しなかった。
夢の中という感覚が強まっていく。
彼はこの世界が実際の温泉街でないことを理解し始めた。
そこで修は、何か答えが見つかるかもしれないと考え、洞窟の方向へ戻ることを決意した。

再び洞窟に戻り、暗いトンネルを進む修。
気がつくと、壁には様々な模様が刻まれていた。
それは、彼自身の人生の出来事を描写したもののように思えた。
誕生日、友人との思い出、そして祖父母との楽しい時間。
その瞬間、彼はある事実に気づく。
この村は、過去の思い出が具現化したものなのだと。
しかし、それらは彼の意識から排除されていた部分でもあった。

「何故、僕はここにいるんだ……?」

不安が彼の心を押し潰そうとする。
進む先には、自分の記憶が詰まった部屋が待っているはず。
急ぎ足で進む修の心は、ますます焦りを増していった。
目の前に浮かぶ記憶の断片が次々と過ぎ去り、彼は迷い込んでいく。

その後、彼は一つの小さな扉を見つけた。
扉を開くと、まるで自分の人生の一場面のような光景が広がっていた。
祖父母と一緒に温泉に浸かっている自分がいた。
しかし、その姿は元気ではなく、悲しみに満ちた顔をしていた。
修はその光景を見つめ続けていたが、次第に感情が高まり、涙が溢れた。

「なんで、こんなことに……?」

突然、周囲が闇に包まれる。
修は驚いて後ろを振り向いた。
そこには、彼が見たことのない影が立っていた。
影は彼を指差し、何かを言おうとしている。
しかし、その声は風の音に消え、彼には何も聞こえなかった。

その時、目が覚めた。
温泉から上がり、気持ちの良い眠気に包まれていることに気づいた。
しかし、心の底に残る不安感は消えなかった。
実は夢の中では、彼が見たものが彼の心に何か深い謎を残していた。
修は、その夜の体験を忘れずに心に留めようとしたが、次第にそれは薄れていった。

それからというもの、修は夜になると何度も同じ夢を見るようになった。
日ごとに恐怖が増し、夜の度に洞窟の扉が彼を呼んでいるように感じる。
もしかすると、自分の過去と向き合わざるを得ない瞬間が近づいているのかもしれない。
修は、決して解けない謎に取り込まれていくのだった。

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