「記憶の池に映る影」

町に住む私たちには、昔から語り継がれている不思議な場所があった。
それは、古びた公園の片隅にある小さな水辺で、地元の人々は「記憶の池」と呼んでいた。
噂によると、そこには人々の記憶が集まっているとされ、見てしまった者は、過去の出来事に誘(いざな)われるというのだ。
誰もがその場所を避ける理由は、失った記憶の痛みや、忘れ去られた過去に直面させられるからだった。

ある日、私は友人たちと一緒にその水辺を訪れることにした。
話のネタとして、少し怖いことを体験してみようという軽い気持ちだった。
公園に着くと、昼間なのにどこか薄暗く、周囲の静寂が気になった。
水面には、夕日が沈み行く様子が映り込み、少し不気味だった。

「ここ、ほんとに記憶の池なのかな?」友人の一人が不安そうに言った。
その時、私は何かに引き寄せられるように、池の近くに近づいていた。
水面には微かに波が立ち、まるで何かが私を呼んでいるかのようだった。
心の奥底にある懐かしい記憶が浮かび上がり、逃げることができない感覚に囚われてしまった。

「魅零、行かない方がいいって!」友人が私を引き留めようとしたが、その声がどこか遠くに感じられた。
私の目は水面の揺らめきに吸い寄せられ、何かが見えそうな気がした。
そこで中途半端に立ち止まっていた私は、今まで向き合わなかった思い出に誘(いざな)われているのを感じた。
そこで、勇気を振り絞り、池の中に手を差し入れた。

その瞬間、冷たい水が私の手を包み込み、周囲が闇に包まれるように感じた。
目の前には、自分が過去に忘れかけていた景色が広がっていた。
それは、自分が何度も見たことがある大切な思い出の場所だった。
家族と過ごした日々、友人と笑った瞬間、一緒に過ごしたあの場所。
しかし、そこには何か異質なものも混じっていた。

「魅零、助けて!」という声が響いた。
思わず振り返ると、私の目の前にはもう一人の私が立っていた。
彼女はどこか泣いているようで、その表情には恐れと悲しみが滲み出ていた。
私の心の奥には、彼女が私の過去の一部であるということに気付いた。
彼女は、私が抑え込んできた記憶そのものだった。

「何が起こったの?どうしてこんな所に…」私は驚きのあまり声を上げた。
しかし、彼女は答えず、ただ水面を指差した。
そこには、私の記憶の断片が映し出されていた。
すぐにこれは悪夢だと感じたが、逃げることはできなかった。

周囲が回り出し、私は混乱に陥っていた。
見えるものは、私のかつての願い、失ったもの、そして私が解決しなかった痛みだ。
私は心の奥で彼女を救いたいと思った。
しかし、彼女は水面に引き込まれ、私を見つめながら一層虚ろな目を浮かべている。

「記憶は消えやしない。向き合うことでしか、前に進めない。」その言葉が耳に響いた。
誰かが私に教えてくれたようだった。
その瞬間、私の心の奥底にあった恐れがフッと消え、彼女には感謝の気持ちが芽生えた。

やがて、池の水が静けさを取り戻し、周囲の景色が正常に戻ってきた。
友人たちの呼び声が聞こえ、彼女の姿は水面に溶け込むように消えていった。
私は彼女のことを決して忘れないと誓って、友人たちの元に戻ることを決めた。
私たちの記憶は、確かに痛みを伴うけれども、それが私たちを形成していくのだ。
あの水辺で記憶の影に耳を傾けたことで、私もまた一歩踏み出すことができたのだ。

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