「記憶の廃墟」

静寂が支配する廃墟、訪れる者も少ないこの場所は、まるで忘れ去られた記憶のように息をひそめていた。
山奥にひっそりと佇むその墟では、かつて多くの人々が集まり、教えを授けられる場だったと聞く。
しかし、今はただ薄暗い空間と、かすかに漂う不気味な気配だけが残っていた。

ある晩、青年の拓也は、友人たちが語る噂に興味を持ち、廃墟に足を運んだ。
彼は特に好奇心旺盛な性格であり、一度聞いたことは体験せずにはいられない性分だった。
廃墟へ着くと、薄月の光が朽ち果てた屋根からかすかに差し込み、辺りは神秘的な雰囲気を醸し出していた。
拓也の心は期待と不安で高まり、足音を響かせながら一歩一歩進んだ。

中に入ると、埃をかぶった壇上が目に映る。
その横には、年老いた男が佇んでいた。
彼の姿は、厳かでありながらもどこか不気味だった。
目が合った瞬間、拓也は彼がかつてこの場所の師であったことを直感的に感じた。

「来たか、若者よ。」男は静かに言った。
その声は響き渡るようで、胸の奥に何かが突き刺さるようだった。
拓也は驚きとともに一歩下がるが、なぜか動けずにいた。
「あなたは…この場所の師ですか?」彼は問いかけた。

老いた男は頷く。
「そうだ。しかし、私が教えたのはただの知識ではない。お前の憶えたことが、そのままお前の目に映り、やがては夢にまで現れる。」その言葉に、拓也は不安を覚えた。
彼はこの廃墟が語る「憶」が、ただの思い出ではなく、恐ろしい現象であることを感知した。

「憶はされど……憶されてはいけないこともある。」男の言葉に、拓也の心はざわめいた。
「何を憶えてはいけないのですか?」

「かつて、ここに集った者たちの思いが残っている。彼らの目が、お前を見つめているのだ。」男は指を廃墟の隅に向けた。
そこには何かが潜んでいるように感じた。
拓也は身の毛がよだつ思いで、その方向を見つめた。

その瞬間、拓也は夢の中に引き込まれた。
彼の目の前には、かつてこの廃墟に集った人々が現れた。
しかし、彼らの表情は柔らかさの欠片もなく、怨念に満ちていた。
「救いを求めて、私たちはここに集まったのだ。」一人が声を上げると、他の者たちも賛同するように叫び続けた。

「だが、彼らは皆、何かを背負ったまま逝ってしまった。お前も同じ運命を辿るか?」老いた男の声が頭の中に響いた。
拓也は強い恐怖を感じ、何とか振り払おうとした。
しかし、その時ふと、彼の目の中に何かが映った。
それは、自分自身の姿であり、周囲の怨念たちが同じように映ることであった。

「目は開かれているが、心は閉じている。そのことを忘れずに、救いを求める者たちの憶えを持ち続けるのだ」と、男の言葉が響く。
拓也は目を閉じ、必死でその声から逃れようとした。
夢から覚めることを願った。

目を開けると、拓也はまだ廃墟の中にいた。
彼の心は重く、不安で満たされていた。
周囲の静寂は、彼にとってもっとも恐怖を誘うものであった。
思わず振り返ると、かつての師は笑顔を浮かべていた。
しかし、その目は虚ろであり、何も語ることができなかった。

拓也はその場から逃げ出すことを決意した。
だが、彼の体は動かず、周囲の空気は重く、まるで彼を引き止めるかのように感じた。
彼は自分がただの好奇心に溺れてしまったことを後悔し始めた。
恐ろしい憶が、彼の心に刻まれていく。

時間が経過するに連れ、彼はその場に囚われる感覚を持った。
廃墟の外に出ることが出来ず、思い出の中で同じ日々を繰り返す。
拓也は、憶えなければならないことがある一方で、憶えてはいけないことがあることを知った。
彼は年老いた師のもとで、自らの目を開くことができるのだろうか。
彼の運命は、この墟に永遠に繋がれていくのかもしれない。

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