静かな北海道の村に、田中という名の男性が住んでいた。
彼は田舎の生活を愛し、特に祖父から受け継いだ古い家と、その裏手にある広い庭が好きだった。
祖父は厳格な人で、村の伝承や家族の歴史を語ることが多かった。
しかし、その話の中には、決して明るいものばかりではないことを田中は知っていた。
特に、村にまつわる「記憶の封印」に関する話は彼にとって不気味なものだった。
ある晩、田中は祖父の遺品を整理していると、古い日記帳を見つけた。
それは祖父が若い頃に書いたもので、村の出来事や、彼の考えが綴られていた。
読み進めるうちに、田中は村で起こった奇妙な現象に関する記録を見つけた。
それは、特定の日付に毎年何かが起こるという警告めいた内容だった。
「僕たちの記憶を消す者がいる」という言葉が心に引っかかった。
田中はその日記を手に持ちながら、祖父が話していた「が」の話を思い出した。
それは、村の北側にある小さな古道のことだった。
そこには、長い間人々が近づかない場所とされている神社があった。
祖父は、「その場所には、過去の記憶が封じられている」と語っていた。
彼は注意深く、そこに近づいてはいけないと警告した。
田中は好奇心に駆られ、その神社を訪れることに決めた。
日が沈むにつれ、神社の存在感が増し、その場の空気はひんやりと冷たくなった。
神社の前に立った彼は、週末に村の誰かが失踪した話を思い出した。
その人も、何かを探そうとしていたという。
神社の境内に足を踏み入れた瞬間、不思議な感覚に襲われた。
自分の心の奥底から叫ぶような、恐ろしい声が聞こえた。
「戻れ、戻れ、ここに来てはいけない」。
田中は身震いし、思わずその場から逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、どうしてもその記憶を解き明かしたい気持ちが抑えられなかった。
日が暮れきった頃、田中は神社の裏手にある池のそばに立ち止まった。
そこで彼は目撃した。
池の水面に映った自分の姿の中に、見覚えのない顔が混じっている。
おそるおそる近づくと、そこに写った顔は祖父のものだった。
しかし、その顔はどこか異様に笑っており、まるで彼を呼んでいるかのようだった。
そして、池の水が静かにさざ波を立て、やがて池の底から手が伸びてくるのを見た。
田中は恐怖に目を凝らした。
祖父の手が、自分を引き込もうとしているのか。
田中は叫びながら後ずさり、その場から必死で逃げ出した。
村の道を走り抜け、家にたどり着くと、心臓が鼓動しすぎて息も絶え絶えだった。
翌朝、田中は朝焼けの中、再び日記を開いた。
そこには、祖父が最後に記した、一文があった。
「記憶を消し去る者たちに、気をつけよ」。
彼は、自分がその者たちの標的になったのではないかと考えた。
恐怖はさらなる疑問へとつながった。
祖父がなぜその場所を避けていたのか。
その記憶を封じられた者たちは何を求めていたのか。
不安を抱えながら、田中は神社へ戻る決意を固めた。
そして、今度はその不気味な真実を知るために、もう一度その場所に向かうことにしたのだった。
恐怖心を抱えながらも、彼は新たな運命が待つ未知の世界へと踏み出していくことになる。
きっと、祖父が語っていた記憶の暗い影が、彼を再び包み込むのだろう。