ある晩、なは夢の中で不思議な迷路に迷い込んでしまった。
光も音もなく、ただひたすら続く白い壁に囲まれた道。
足元は冷たく、まるでそこが現実世界ではない何かの象徴のように感じられた。
周りには何もない。
ただ自分一人だけがこの迷路の中にいるようだった。
不安が胸を締めつける中、なはふと懐かしい感覚に襲われた。
これは、子供の頃に祖父に話しかけられた夢の中の迷路に似ている。
祖父は、自分が触れたすべてのものの記憶を持っていると言っていた。
なはその言葉を思い出しながら、一歩一歩前進することを決意した。
迷路の道を進んでいると、さまざまな感覚が彼女の手を包み込むように触れてきた。
冷たい風、温かい陽射し、さまざまな質感が手のひらを滑り抜けていく。
夢の中で触れたものによって彼女は、過去の記憶の断片を感じ取った。
嬉しかった日々、悲しんだ瞬間、忘れられた思い出が次々と蘇る。
迷路の各所は、彼女の心の奥底に眠る感情を映し出しているのだ。
しかし、その時、背後に何かの気配を感じた。
振り返ると、そこには何か不明な影が存在していた。
それは一瞬で消えるが、なは確かに「何か」に触れてしまったことを感じた。
薄暗い迷路の中、その影は冷たい存在感を放ちながら、彼女の心に潜り込んできた。
気がつけば、なは自分自身の心の深層へと引きずり込まれ、さまざまな記憶と向き合わせることになった。
自分を責めた行動、他人を傷つけてしまった瞬間、生きる中での後悔や未練が次々と目の前に現れた。
影はそれらをさらっていくように、彼女の心の中の「触れた記憶」を次々と一つにまとめていく。
その時、なは夢の中で割れた鏡の破片に出会った。
破片の一つ一つには、彼女の過去の出来事が宿っていた。
ひび割れたその鏡を見つめ、自分がこれまで背負ってきた思いが、全てここにあるのだと痛感した。
破片を通して見えたのは、傷ついた自分だけではなかった。
触れてはいけないと思いながらも、触れることでしか理解できない過去がそこにあった。
なは一つの破片を手に取った。
触れることで、彼女の中に流れ込むような温かさがあった。
あの時、傷つけてしまった友人の笑顔が、同時に消えてしまった仲間たちの姿が、彼女の心に焼き付いていた。
この思いを抱え、彼女は影に向かって叫んだ。
「もう、いなくなってしまった人々のために、私が生きて行く!」
彼女のその叫びに影は反応した。
冷たい空気が少し和らぎ、なは徐々に迷路から解放されていくのを感じた。
思いを強く抱いた瞬間、彼女は夢の中から出る道を見つけた。
しかし、彼女がいなくなった後も、迷路の中には依然として多くの影が漂っていた。
彼女の中の思い。
目が覚めた瞬間、彼女は夢の余韻を感じながらも、心の中に光が差し込んできた気がした。
影で触れた記憶と向き合ったことで、彼女は過去を受け入れ、未来へと進む力を得たのだ。
その日以降、なは夢の中で触れることができた「真実」が、彼女の人生を少しずつ変えていくことになる。
迷路を脱した先には、彼女自身がつくり出す新たな未来が広がっていた。