「見えない監視者」

高等学校の校舎は古びた外観をしており、かつての栄光を忍ばせるような黒板や、ひび割れた窓ガラスが印象的だった。
その学び舎には「目」と呼ばれる現象が存在することを知らない者はいなかった。
その目とは、学校内に潜む「何か」に気づかされた者に見えるという、不気味な存在だった。

ある冬の夜、長島明は友人たちと一緒に学校の文化祭の準備をしていた。
すでに遅い時間になり、照明も薄暗く、学校は不気味な静けさに包まれていた。
友人の中に誠、由美、そして佳乃がいて、4人で作業を続けていた。

「ねぇ、この模造紙って、明日までに全部終わるの?」佳乃が声をかけると、不安げに明は頷いた。
「たぶん、なんとかなるさ。」だが、彼の心の中には、どこか後ろめたさがあった。
「あの噂、本当に信じてるの?」と由美が言い出した。
「目を見たら、もう出られないんだって。」

その言葉に皆が沈黙した。
そして、誠が明るい声で変な話を始める。
「でもさ、見たことある奴、いないよな?ただの噂だと思う。」彼の言葉に少し安心しつつも、明もまた思い出した。
数年前、友人の一人が突然学校を辞めたという話を。

目を見てしまった彼は、その日以降、完全に別人になってしまったという。
どこか虚ろで、目の光も失せていた。
当然、彼は「目」を見たのかもしれない。
今いる教室の壁には、その「目」の噂が刻まれているように感じられた。

作業が進むにつれ、校舎の静けさはより一層深まっていった。
ふと、明は目の端に何かを感じた。
「ねぇ、もうすぐ12時だし、帰ろうよ。」と由美が言ったが、明は立ち尽くしてしまった。
廊下の向こうに、どこか引き寄せられるように、独特の冷たさを感じる一角があった。

彼は友人たちに何も言えず、ただその場所に近づいていった。
すると、目の前で不意に壁が揺らぎ、薄目のような存在が現れた。
まるで眼が無数にあるかのように、じっとこちらを見つめているかのようだった。
明は心臓が凍りつく思いで立ち尽くした。

「明、どうしたの?」佳乃が声をかけた。
その声が耳に入ると、明は我に返った。
「行こう、戻ろう。」彼は急いで仲間の元に戻ろうとしたが、背後からも目が追いかけてくるような感覚が続いていた。
明の心の中に籠る恐怖は、もはや意識の外へと垂れ流されていくようだった。

その夜以降、明は授業に集中できなくなり、毎日その存在が追いかけてくる夢に悩まされた。
目を見たときの冷たい感触と、無数の視線が心を締め付け、彼は学び舎を嫌悪するようになった。
友人たちは心配していたが、彼は口に出すことができなかった。

ある日、明は勇気を振り絞って、あの日感じた場所に再び足を運ぶ決心をした。
友人たちに見つからぬよう、夜遅くに学校に忍び込んだ。
薄暗い廊下を進み、自分が見た異常な場所にたどり着くと、そこには冷気が満ちていた。

「あの日のことを忘れろ、明。」その声は頭の中に響いてきたように感じた。
恐怖に気を取られ、明は逃げ出そうとしたが、足元から無数の影が伸びてくる感覚に襲われ、動けなくなった。
どんどんその場に束縛されてしまうような圧迫感が押し寄せた。

その時、明は目を強く閉じた。
目を見ないように、自分を守ろうとしたが、何も解決できないままだった。
彼は孤独な恐怖に包まれ、周囲の温もりを失っていく。
それが「目」の現象の正体なのかもしれない。

教室では彼のことを心配する声が上がっていた。
しかし、明はその場所で「目」に取り込まれてしまった。
「目」を見た者の運命は、もう彼の手の届かないところに放たれてしまったのだ。
校舎の外では、ブラインド越しに彼の存在を感じ取った者の目が、ひっそりと彼を見つめ続けている。

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