ある日のこと、健太という若者は、彼の飼い犬である小太郎といつもの散歩へ出かけた。
健太は中規模の都市に住んでいたが、どこかに隠れた自然を求めて、住宅街を抜けた先にある古い公園へと向かった。
公園には荒れた芝生と朽ちかけた遊具があり、少し不気味な雰囲気が漂っていた。
しかし、健太はその静けさに魅了され、特に犬の小太郎は嬉しそうに木々の間を駆け回っていた。
健太はその様子を見守りながら、公園の奥へと進んでいった。
ふと、健太は小太郎がある場所で立ち止まり、異様な声を発していることに気づく。
小太郎は何かを見つめるように耳を立て、吠え始めた。
健太は何があるのかと近づいてみると、古びた木の根元に小さな穴が開いていた。
そこから、かすかな光が漏れ出している。
好奇心に駆られた健太は、穴を覗き込むことにした。
すると、目の前にはまるで異世界のような風景が広がっていた。
輝く草花が生い茂り、透き通った水が流れる静かな池が目に入った。
彼はその光景に心を奪われ、思わず一歩踏み込もうとした。
しかし、その瞬間、健太は小太郎が不安げな声を上げるのを聞いた。
犬は彼を引き留めるように吠え続け、まるでその場所に近づくことを止めるように警告しているかのようだった。
健太は小太郎の様子に気づき、意識が戻る。
そのとき、彼の目の前に立ち現れたのは、全身を包んだ黒い影だった。
その影は、何かに怯えたような表情を持ち、周囲の景色はその存在によって歪み始めた。
健太は恐怖を感じ、足をひきずるように引き返そうとした。
しかし、影は彼を捕まえようとするかのように、瞬時にその距離を詰めてきた。
小太郎は吠え続け、その影に向かって忠犬としての力を振り絞った。
影は両目から不気味な光を放ちながら、「世の中には見えないものが無数にひしめいている。それに触れようとする者は、代償を払うべきだ」と囁いた。
健太は恐怖に駆られ、どうにかして逃げ出そうとした。
しかし、彼の体はまるで動かなくなってしまった。
その瞬間、健太の中に何かが入り込んできた。
頭の中が混乱し、彼は自分が何か大切なものを見失ったような感覚に襲われた。
「中へは入るな、戻れ」と、小太郎が必死に吠え続ける声が彼の耳に入る。
けれども影はその声を無視し、健太の内面を探ろうとするように迫ってきた。
思考が明瞭に戻る前に、健太は自らを振り立たせ、全力で小太郎の元へと駆け寄った。
影はガラスのように割れ、消えていったが、健太の体には異様な疲労感が広がっていた。
小太郎は彼の足元にすり寄り、心配そうに見上げていた。
公園を逸れ、家に帰る途中、健太は自分の身体の感覚がおかしいことに気づいた。
まるで何かが自分の中に潜んでいるかのようだった。
夜になり、寝る準備をしていると、彼の頭の中に、あの影の声が再び響いてきた。
「忘れるな、世の中には様々なものが見えないだけで存在している」と。
健太は寝室の隅で小太郎が静かに寝ているのを見つめながら、異次元の世界を少しでも覗いてしまったことが、どれほど危険な行為かを知っているつもりだった。
しかし、彼の心の片隅では、もう一度見てみたいという思いが燻っていた。
「中へもう一度入ることは…」と、危機感を抱きながらも、その考えからは逃れられなかった。