田中悠二は、両親の実家がある裏山に帰ってきていた。
彼の家族は昔から伝わる言い伝えを守っており、裏山には決して近づかないという掟があった。
悠二はその言い伝えを聞いたことがあるが、実家に戻るのも久しぶりで暇を持て余していたため、好奇心が勝り、裏山に足を運ぶことにした。
裏山の入り口は、木々に囲まれた狭い小道だった。
周囲は静まり返り、鳥の鳴き声すら聞こえない。
悠二は少し不安になりながらも、そのまま奥へ進んでいった。
少し歩くと、視界が開ける場所に出た。
そこには、奇妙な形をした岩が並び、その中央に一際大きな石が鎮座していた。
「これは何だろう…?」悠二は石をじっと見つめた。
周囲の空気がひんやりと感じられる。
すると、不意に背後で小さな声がした。
「戻れ、戻れ…」思わず振り返ったが、誰もいない。
彼は不気味さを感じながらも、その声が無視できぬほど強く耳の奥に響いた。
悠二はそのまま石の方に近づいた。
すると、突然視界がブラックアウトし、何も見えなくなった。
気がつくと彼はまったく異なる世界にいた。
そこは薄暗く、どこか不気味な雰囲気が漂っている。
「ここは..一体どこだ?」悠二は思わず声を上げた。
不意に目の前に立っていたのは、白い着物を身にまとった女性だった。
彼女は静かに悠二を見つめている。
女性の目には、まるで悲しみや苦しみが宿っているように見えた。
「あなたは、選ばれし者ですか?」彼女は穏やかな声で問いかけてきた。
悠二はその言葉に驚きながら、何も答えられなかった。
彼の心の中には、両親から受け継いだ言い伝えの数々が思い出された。
「裏山には、界が存在する。それを訪れる者は、何かを選ばなければならない」と。
「私は選ばない!」心のどこかで決意を固めた悠二は、その場から逃げようとしたが、女性が静かに手を差し出してきた。
「あなたが選ぶことで、この界は救われるかもしれません。しかし、選ばなければ、全てを失うのです」と告げた。
悠二は女性の言葉を聞きながら、彼女の悲しい目を見つめた。
その瞬間、彼の心に何かが響いた。
この女性もまた、選択を迫られた過去があるのだろうか。
彼は考え込んだ。
「選ぶことが、本当に全てを失うことになるのか?」
思考が混乱する中で、悠二はふと周囲に目を向けた。
そこには、彼の選択を待つかのように、数多くの影が迫っていた。
彼らは滅び、そしてこの界に閉じ込められた人々のようだった。
「私も、彼らの一員になりたくない…!」
必死に頭の中を整理しようとした悠二は、決意した。
「私は…戻ることを選ぶ!」と叫んだ。
その瞬間、女性は驚いた表情を浮かべた。
その時、光が彼を包み込み、騒がしい気配が遠のいていく。
気がつくと悠二は裏山の入口に立っていた。
周囲は静かで何事もなかったかのように見えた。
しかし、胸の奥には女性の悲しげな目が焼き付いていた。
「選択を迫られることは、本当はどれも胸を痛めることなのだ」と彼は感じた。
この経験が彼に何をもたらしたのか、その意味を今はまだ理解できなかったが、自分が真実を見つけるための道を選ぶことができたことに、少し安堵していた。
悠二はそのまま家へと戻り、両親に言い伝えの真実を尋ねることにした。
裏山の影で何が起きたのか話すことで、その霊たちが解放されるのではないかと、彼は密かに考えたのだった。
選ばれた者が選ぶことで、果たして誰かの未来が明るくなるのだろうか――そんなことを思い描きながら。