「裏の顔」

乗(のり)は、地方の小さな村に住んでいる普通の青年だった。
毎日、彼は村の外れにある田んぼで農作業を手伝い、その後は友人たちと遊ぶのが日常だった。
だが、最近村では不穏な噂が立ち始めていた。
それは、村の近くにある裏山で、夜になると「裏の顔」を持つ者が人をさらうという伝説だった。

乗はその噂を聞くたびに、笑い飛ばしていた。
「そんなの、ただの昔話に決まってる」と彼は友人たちに言い聞かせていた。
しかし、ある晩、友人の太一が「裏山へ肝試しに行こう」と提案してきた。
村の噂を実際に確認するというのだ。
乗は最初こそ渋ったが、好奇心に負け、結局太一と一緒に裏山へ向かうことにした。

夜空は星が瞬き、月明かりが山道を照らしていた。
二人は少し緊張していたが、互いに笑い合い、恐怖を誤魔化しながら進んでいく。
裏山に近づくにつれ、周囲の静けさが一層際立ってきた。
やがて、二人は噂の現場である古びた神社にたどり着いた。
神社は朽ち果てた神木に囲まれ、不気味な雰囲気を醸し出していた。

「本当に怖いのかな」と乗は言い、軽く笑った。
しかし、その瞬間、脳裏に先の噂が浮かび上がった。
「裏の顔」、それはこの神社の中に潜んでいるのだろうか。
太一は神社に近づくのを躊躇している様子だった。
乗はその様子を見て、少し興奮してしまった。
「大丈夫だよ、見てみよう」と言い、神社の中へ足を踏み入れた。

神社の中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。
古い祭壇が目の前に現れ、その上には何かの像が置かれている。
近づくと、それは非常に不安定で、まるで生きているかのように感じた。
しかし、乗は好奇心から、その像を触ってみた。
すると、突然、空気が変わり、何かが辺りを包み込むような感覚がした。

「何かおかしいぞ」と太一が声を震わせた。
その瞬間、背後から不気味な声が響き渡った。
「今夜、裏の顔を見せてあげる」と。
その声に驚いた乗は振り向こうとした。
しかし、そこには何も見えなかった。
ただ、不気味な静寂が二人を囲んでいた。

乗は恐れを感じながらも、太一の手を引いて出口を目指した。
しかし、出口への道は、なぜかどんどん遠ざかっていく。
「どうしてこんなことに…」乗は心の中で叫びながら必死で周囲を見回した。
彼の視界の隅に、影のようなものがちらつくのが見えた。
それは、顔のように見える何かだった。
恐怖が彼の心をつかみ、足がすくんでしまった。

「早く、先に行こう!」太一が叫ぶ。
しかし、その声はだんだんと遠くなっていき、乗はまるでその場に囚われてしまったかのように感じた。
神社の内部が急にゆがみ始め、まるで別の世界に引き込まれるようだった。

影はさらに大きくなり、乗の目の前に立ちはだかった。
「私たちは、お前の裏に潜む者だ。お前の心の中にある恐れが、私たちを呼び寄せた。」声が響く。
乗は恐れから逃げられず、その場で膝をついた。
「お願い、帰してくれ!」と叫びながらも、影はどんどん近づいてくる。

その瞬間、乗の意識が一瞬朦朧とした。
彼は自分が村の田んぼにいるのを感じたが、実際は彼が裏山の神社にいることに気づいた。
自分を呼ぶ声は、今はもう耳に届かない。
影がすぐ近くに立っており、彼の心に声が響いていた。
「もう逃げられない。裏の顔を見せる時が来た。」

乗はそこで目を覚ました。
裏の顔が自分の内側に存在していることを知り、恐れおののく自分をこれからどう扱うべきか、考え込むのだった。
彼の視界には、再び影がちらつく。
その影は確かに、彼自身の心の裏側だった。
逃げることはできない。
彼はただ、その影と共に生き続ける運命にあるのだと理解したのだ。

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