「裏の鏡に潜む影」

静かな山間にひっそりと佇む宿「澄屋」。
その宿は連休ごとに観光客が訪れ、賑わいを見せていた。
しかし、宿にはある噂があった。
「裏の部屋」にまつわる怪談が、地元の人々の間で語り継がれていたのだ。

この話を聞いた若者の拓也は、友人の慎太郎とともにその宿で一泊することを決めた。
興味深々の二人は、宿の老女から「裏の部屋には近づかない方がいい」と言われたにもかかわらず、その言葉を軽んじていた。

宿に着いた二人は、まずは温泉に浸かることにした。
宿の温泉は星空を見上げながら入ることができ、心地良いと感じていた。
そんな中、拓也は老女の言葉が気になり始めた。
「裏の部屋」とは何なのか、どんな秘密が隠されているのか。
好奇心が胸を突き上げ、彼は慎太郎に「見に行こうよ」と提案した。

慎太郎は戸惑った様子だったが、拓也の熱意に押され、結局彼と一緒に「裏の部屋」を探すことにした。
薄暗い廊下を進み、さまざまな部屋が並ぶ中、彼らはついに扉の前に立った。
その扉は古ぼけており、金具が錆びている。
しかし、ドアノブを握る手が震えたのは恐怖からではなく、期待からだった。

拓也が思い切って扉を開けると、そこには何もない真っ暗な部屋が広がっていた。
中に入ると、ふわっとした冷たい空気が二人を包み込む。
目が慣れてくると、部屋の中にあるものが見えてきた。
古い鏡が一つ、壁に掛けられていた。

「これが裏の部屋か…」拓也は興奮を抑えてつぶやいた。

彼らは鏡の前に立ち、何か見えるものがないかとじっと見つめたが、反応はなかった。
ただ、鏡の向こうに不気味な静けさを感じた。
すると、突然、鏡の中に暗闇がゆらりと揺らぎ、一瞬何かが映った。
その瞬間、拓也と慎太郎は背筋が寒くなる感覚を覚えた。

「なんだ、今の…」慎太郎の声が震えていた。

拓也も何が起きたのか理解できなかった。
彼は思わず鏡に近づき、もう一度その場面を探そうとした。
しかし、目の前の鏡には、先ほど映ったものは見えなかった。
「何もないじゃん」と言い残し、拓也は少し不安になりながらも、再び鏡を見た。

そこで拓也は、今度は自分たちの後ろに何かが立っているのを見つけた。
いや、正確には、鏡の中の彼らの後ろに、黒い影が佇んでいた。
その影はやがて二人に向かって近づいてくる。
驚きと恐怖のあまり、拓也と慎太郎はその場から逃げ出そうとした。

しかし、扉は強く閉ざされ、二人は中に閉じ込められてしまった。
絶望感が二人を包み、拓也は震える声で「開けろ、お願いだ!」と叫んだ。
しかし、声は虚しく反響するだけだった。

影はさらに近づき、彼らの目の前で急に形を変え、まるで犬のような存在になった。
暗い目でじっと見つめるその影は、彼らがこれまでにない恐怖を感じさせた。
拓也は涙が出そうになりながら、慎太郎としがみつくようにしていた。

「おい、まだあきらめるな!」慎太郎が叫び返す。
確かに、彼らの心には友情があり、その絆を信じていた。

拓也は影に向かって叫んだ。
「俺たちは友達だ! お前には負けない!」

その瞬間、影が一瞬止まり、鏡の中で反響するように声が聞こえた。
「割られた絆は、戻らぬ…」

その言葉に彼らは何かを感じ取った。
しかし、拓也の心の中には、「いや、諦めない」と強い意志が生まれた。
彼は慎太郎と共に手を取り合い、「二人で乗り越える!」と叫び続けた。

その声が部屋全体に響くと、影は次第に薄れていき、二人の前から消えていった。
扉が開き、明るい廊下の光に包まれると、彼らは逃げ出した。
宿の外に出た二人は、今までの恐怖が嘘のように思えた。

ただ一つ、宿を後にする時、拓也はふと振り返った。
その瞬間、もう一度だけ宿の中がざわめいているのを感じた。
彼は背筋を凍らせ、慎太郎の手を強く握りしめた。
二人の絆は戻ったが、彼らの心には不安が残った。
「裏の部屋」は、確かに彼らの視界に残り続けたのだった。

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