「血松の呪縛」

村の片隅にある集落には、一つだけ異様な名を持つ犬がいた。
その犬の名は「血松」。
その名は村の言い伝えから来ている。
昔、血にまみれた犬がこの村に現れ、村人たちに恐怖を与えたという話が広まったのだ。
村人たちは血松を避け、恐れ、そして敬った。

血松は白い毛並みを持ち、その外見はどこにでもいる愛らしい犬に見えた。
しかし、その目は冷たく、どこか人を寄せ付けない雰囲気があった。
むしろ、彼の目を見た者は何か不吉なものを感じることが多かった。
彼はたいていの村人が通り過ぎると、静かに伏せたままで、ただ村の門の近くで佇んでいる。

ある晩、若い男性の大輔が友人たちと共に集落へ訪れた。
友人たちは村についての話をし始め、特に血松の話題が出ると、みんな怖がりながらも興味を持った。
興奮した彼らは、血松を見に行こうと決めた。
月明かりが村を照らす中、大輔たちはその犬の居場所へ向かう。

彼らが血松のところに近づくと、犬は顔を向けず、ただ静かに地面を見ていた。
村人たちからの噂通り、彼は人を見た瞬間に反応しない、謎めいた存在だった。
これに興味を持った大輔は、不思議と強い心理的な魅力を感じ、血松の周りを歩き回った。
彼の友人たちは止めようとしたが、大輔は構わず近づいた。

その瞬間、犬は突然、頭を上げた。
鋭い目で大輔を見つめる。
その目には、何か計り知れない力が宿っているようだった。
大輔の心臓が早鐘のように打ち始めた。
一瞬、彼は目の前で何かが起こる気配を感じた。

何も起こらないと思ったとき、急に血松が立ち上がり、驚くべき速さで山道を駆け上がっていった。
大輔は思わずその犬を追いかけた。
友人たちは「待て、大輔!」と叫びながら後から追った。
山道を上るにつれ、周囲は薄暗くなり、霧が立ち込め、何も見えなくなっていった。

山のてっぺんにたどり着くと、大輔は立ち尽くした。
周囲は不気味な静寂に包まれ、ただ風の音だけが耳に響く。
血松はそこに立ち、周囲に一点の光が当たる場所を指し示していた。
その中心に古びた神社があった。
たたずまいは寂れていて、まるで時間が止まっているかのようだった。

大輔が神社に近づくと、突然、不安定な心の中に恐怖が芽生える。
「これは正しい行動なのか?」彼は自身に問うていた。
でも、彼の好奇心はそれを上回った。
彼が神社の扉を開け中に入ると、暗闇に包まれた空間が広がっていた。

その瞬間、背後でドアが閉じた。
大輔は慌てて振り返ったが、もう出ることができない。
恐怖が心に広がり、しっかりとした理由も無く血松の眼差しが思い浮かんだ。
そこには血で染まった伝説の真実が待ち受けているのかもしれないと感じた。

暗闇の中、かすかにかけられた草木の音、空気が重たく感じる。
大輔は忍耐を持って進むしかなかった。
しかし、ぬるりとした感触が彼の足元を這い上がる。
見下ろすと、赤い血が地面に流れ、どこかで見覚えのある部屋が見えた。
そこで朽ち果てた古い人形が、大輔の方を見上げている。
何か言いたげに。

「あなたはここに留まるのか、逃げるのか」と、まるで彼に選択させようとするかのように。
背筋が凍りつくような恐怖に駆られながらも、大輔は再び神社を出ようとした。

しかし、振り返ったとき、再び血松の表情が目に入った。
彼はただ微かに尻尾を振り、その目で大輔に「ここにおいで」と招いているようでもあった。
それはまるで不吉な運命を受け入れろと言わんばかりだった。

かつての噂が真実であることを、ただの恐怖や都市伝説ではないことを、大輔は痛いほどに実感した。
彼はもう村に帰れない、血松に心を捉えられた彼は永遠にその神社に留まる運命に導かれてしまった。

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