静かな秋の午後、公園はひんやりとした空気に包まれ、葉が色づき始めていた。
仕事帰りの山田直樹は、日常の疲れを癒やすために、その小さな公園に足を運んだ。
公園には誰の姿もなく、微かに響く風の音だけが彼の耳に届く。
長い一日の喧騒に覆われた心を落ち着けるため、直樹はベンチに腰を下ろすことにした。
まもなく、彼の目の前にある小道を歩いていると、不意に彼の心をざわつかせる音がした。
近くの大きな木の下で、何か黒いものがちらちらと動いている。
直樹は興味本位にそちらを見つめた。
すると、目の前に血のような赤色のものがこぼれ落ちているのを見つけた。
彼は好奇心に駆られ、近づいてみることにした。
足元には、赤黒い液体が広がっている。
初めて見る光景に直樹の心は躍動したが、同時に不安が広がる。
「これは…血?」と呟く。
冷静さを取り戻すため、彼はその場から離れようとした。
しかし、その瞬間、周囲の空気が一瞬重たくなり、直樹は思わず立ち止まった。
「あれは私のものよ。」
不意に、背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
彼女の服は古びたデザインで、どこか風変わりな雰囲気を醸し出している。
目は深い底なしのようで、直樹はその視線に圧倒された。
「あなた…誰ですか?」彼はかすれた声で尋ねた。
「私は、ずっとここにいるの。私の血を求めて、誰かが来るのを待っていたの。」
女性はそう言いながら、彼の前に近づいてくる。
直樹は彼女の存在に恐れを感じたが、その魅力に引き寄せられるように視線を外せなかった。
「私の血は、この公園に流れている。かつてここで、命を失った…」その言葉に直樹は考えを巡らせる。
彼女は過去の魂なのか、それともこの公園にまつわる伝説の一部なのか。
「決して忘れないで。私の思いを…私の血を…」彼女の声は次第に悲しみに満ちていく。
それを聞いた直樹は、一瞬心が痛んだ。
彼女の持つ悲劇を受け止め、何かを理解しようとする自分がいた。
「どうしてここに来たの?」彼は恐る恐る聞いた。
「彼のせいで、私はこの場所に閉じ込められている。彼が私の命を奪った後、私の思いはこの場所に刻まれ続けているの。」彼女の指先が赤い液体を指し示す。
直樹は、その血の正体を悟る。
彼女の痛みは、ここにあるすべての記憶と結びついているのだ。
「私を解放してほしい。あなたの血と、私の血を結びつけて。」彼女の目が直樹を真剣に見つめる。
その瞬間、彼の心が波立った。
この女性を助けることで、彼女が苦しむことがなくなるのではないかという苦しい思いが湧き上がる。
そして、不思議な静けさが彼を包んだ。
直樹は、彼女の言葉に従うことに決めた。
自分の手のひらを切り、そこから滴る血を彼女に捧げる。
すると、彼女の姿は徐々に明るく、優しい光に包まれる。
彼女は直樹を見ると、微笑みを浮かべ、「ありがとう、やっと解放されるのね」と言った。
その瞬間、女性の姿は霧のように消えていき、公園は静寂に戻った。
直樹は一人、その場に立ち尽くした。
周囲の景色は何も変わっていないように見えたが、心の中には何かが新たに刻まれた感覚があった。
直樹は、彼女の思いが公園に残らずに、自由になったことを感じながらその公園を後にした。