彼女の名前は佐藤花子。
静かな田舎町に住む花子は、毎日、祖父の家の近くの神社へ散歩に出かけるのが日課だった。
神社は古くからあるもので、周囲には木々が生い茂り、日差しが差し込むと神秘的な空間を醸し出していた。
しかし、この神社には一つだけ不気味な噂があった。
それは、特定の夜になると、血のような音が響くというものだった。
ある晩、花子は友人の美奈と共に神社へと足を運んだ。
日暮れが近づくにつれ、神社は薄暗くなり、周囲の静寂が増していった。
彼女たちはお祭りの準備で賑わう観光客の声が遠くに消え、神社の奥へと進んでいく。
入口の鳥居をくぐると、空気が一変した。
重苦しい静けさが圧し掛かるようだった。
「ねえ、美奈、この神社、ちょっと怖いかも」と花子が言うと、美奈は笑って「大丈夫、ただの噂だよ。入ってみようよ」と返した。
二人は暗い社殿の前に立ち、手を合わせる。
だが、その瞬間、背後から不気味な音が響いた。
「ドクン、ドクン」と心臓の鼓動のような音が聞こえ、二人は顔を見合わせた。
「ねえ、今の音、何か聞こえた?」花子は恐怖を感じた。
美奈は不安そうに頷くと、「もしかして、あの噂の…」と呟いた。
その時、再び音が響いた。
「ドクン、ドクン」。
今度はその音が徐々に近づいてくるように感じた。
二人は急いで社殿の中へと逃げ込み、扉を閉めた。
中に入った瞬間、周囲の空気がさらに重くなり、花子は息苦しさを感じた。
美奈は恐れて調べることにした。
「この神社には、昔、血の怪物が住んでいたってさ」と美奈は言った。
「その怪物は、養子に来た子供たちを奪ったと言われているんだって。」花子はその話を信じたくなかったが、胸の奥に恐怖が芽生え始めた。
その時、音が近づいてくる。
「ドクン、ドクン、ドクン」。
二人は息を呑んだ。
「出ましょう、ここから逃げよう」と花子が言った。
しかし、扉は頑なに開かなかった。
まるで何かが彼女たちを閉じ込めているかのようだった。
「助けて!」花子は叫んだが、その声は空虚な響きだけが返ってきた。
突然、社殿の中が薄暗くなり、目の前に人影が現れた。
血だらけの衣服を纏った子供の姿だった。
花子は目をこすり、信じられない光景に目を奪われた。
「私は、ここで死なされた…」その子供はかすれた声で言った。
「だから、あなたたちもここで…」その瞬間、血のような音が激しくなり、まるで彼女たちの心臓が同時に鳴っているかのようだった。
恐怖にかられた花子は、目を閉じ、現実から逃げようとした。
だが、背後からは「ドクン、ドクン、ドクン」と、音はさらに大きくなり続けた。
彼女の心臓は高鳴り、目の前には無数の血の上に立つ子供たちの姿が見えた。
「私たちはここに、永遠に囚われている」と彼らは一斉に言った。
花子の心は絶望に包まれ、彼女の意識が薄れかけた時、ふと目が覚める。
彼女は神社の外に立っていた。
美奈の姿はどこにも見当たらない。
音は聞こえなくなり、ただ静けさが辺りを包んでいた。
「美奈!美奈!」花子は叫んだ。
しかし、彼女の声は風に流され、どこにも届かなかった。
彼女は一人、神社の前に立っているだけだった。
何が現実で何が夢なのか、わからないままだった。
彼女の心に残るのは、あの恐ろしい音と、消え去った友人の影だけだった。
神社の背後にある暗闇の深さを感じながら、花子は再びこの場所には戻らないと決意した。