公は心の中にいつも抱えている不安を忘れたい一心で、山へと足を運んだ。
人生において数々のストレスを抱える彼は、人混みを避け、静寂な場所を求めていた。
高らかに響く鳥の声や、鮮やかな緑に囲まれた自然の中で、彼は自分自身を取り戻そうとした。
しかし、山に一歩踏み入れた瞬間から、何かが彼を不安にさせる雰囲気が漂っていた。
しばらく歩くと、彼は急に背筋が凍り付くような気配を感じた。
周囲には誰もいないはずなのに、どこからか視線を感じる。
心臓が高鳴り、両手は震え、彼は立ち止まった。
そんなとき、地面に赤い液体が広がっているのを見つけた。
「血?」と彼は思わず呟いた。
その異様な光景に驚愕し、彼は目を細めて地面を凝視した。
その血は草の間にじっとりと染み込み、まるで何かがそこに横たわっていたかのように見えた。
恐怖に駆られた公は、すぐにその場を離れようと考えたが、心のどこかでこの血の正体が気になってしょうがなかった。
薄暗くなるにつれ、何か不気味なことがこの山の奥に隠されているのではないかと心を揺らす。
歩き進めると、だんだんと視界が狭まってきた。
霧が立ちこめ始め、かすかな気配が漂っている。
突然、目の前に人影が現れた。
それは女性だった。
彼女は白い衣をまとい、その顔にはかすかな笑みが浮かんでいた。
しかし、その目に宿るものは何かしらの哀しみや恨みの気だ。
恐ろしさを感じつつも、公は思わず声をかけた。
「あなた、ここにいるのですか?」
彼女は言葉を発することなく、静かに指を振ると、彼を山の奥へと誘った。
興味半分、恐怖半分で彼はその後に続くことにした。
彼女は無言で歩き続け、公は彼女の服がかすかに血染めであるのに気づいた。
「この血は…」「あなたのものですか?」と問いかけようとしたが、声が出ない。
やがて、彼は古い神社に案内された。
そこには荘厳な雰囲気が漂っており、周囲には桜の木が立ち並んでいた。
公が息を飲むと、女性は振り向くと、彼に向かって静かに言った。
「ここには、私たちの気が宿る。この山には、無数の命が埋まっている」。
彼女の声には、強いトーンが含まれていた。
「気?無数の命?」公は混乱した。
この場所にはどんな秘密が隠されているのだろうか。
彼の心の中には疑問が渦巻く。
「私がここにいる理由は、もっと多くの人々に私たちの存在を知ってほしいから。気を感じて、時には恐怖におののいてほしい。それは神社に宿る想いを忘れないためだから」。
その瞬間、彼は背筋が凍る思いをした。
彼女の言葉には、切実さが宿っていた。
驚くべきことに、彼女は不気味な微笑みを浮かべつつも、その目には涙が滲んでいた。
彼女の存在は、この山で命を落とした人々の記憶を抱えているかのようだった。
そして、彼女の血は過去の悲しみの象徴だった。
公はその時、山の恐ろしさだけでなく、その背後にある人々の想いを理解した。
彼は、自身が取り組んでいる現実や与えられた命は、ただの存在ではなく、周囲の「気」と繋がっているのだと悟った。
彼女に促され、彼は静かにその神社で五円玉を供え、彼らの国へ気持ちを捧げることにした。
彼は決してひとりではない。
それを心の奥深くで理解することで、過去の想いや血のつながりを感じ始めた。
山の暗闇は彼に恐怖を与えるだけでなく、命の尊さや絆をも教えてくれたのだ。
この山は、彼の心に深い影響を与えたまま、彼に静かに別れを告げていった。