「蛇神の契約」

静かな野原には一面に草が生い茂り、どこまでも続く緑の海が広がっていた。
だが、そこには一つの不思議な伝説が存在していた。
草の合間にひっそりと佇む一つの印——それは、昔、蛇神が封じられた場所だという。

村人たちはその印を「蛇の印」と呼び、近寄ることを避けていた。
蛇神は怒らせると恐ろしい災厄をもたらすと信じられていたためだ。
この印を見た者は、必ず別の世界に引き込まれてしまうと語り継がれていた。

ある夏の日、若い男女のカップル、健太と絵里はこの伝説に興味を持ち、好奇心からその野原に足を運んだ。
青々とした空とさわやかな風の中、彼らは印を探し始めた。
草をかき分け、ついに見つけたその印は、少し土に埋もれた状態で、蛇のような模様が描かれていた。

「これが噂の蛇の印か…」と健太は言い、興奮気味に印に触れた瞬間、彼の周囲が急に暗くなった。
絵里は驚いて彼の腕を引いたが、健太は動かず、印に吸い寄せられるように身を寄せていた。

「健太、やめて!」絵里は声を上げたが、その瞬間、印から紫色の光が飛び出し、彼の身体を包み込んだ。
光は次第に彼の姿を隠していき、やがて消え去った。

絵里は恐怖で泣き出した。
健太が消えてしまったのだ。
彼女はどうすることもできずにその場に立ち尽くした。
すると、印の近くに一匹の小さな蛇が姿を現した。
その蛇は通常のものとはまるで異なり、青や紫の美しい鱗を持っていた。

「私は蛇神です」と蛇が言葉を発した。
「一人の命が必要なのです。あなたがその代わりになるか、あるいはあなたの愛する者を取り戻すために、別の者を引き渡すか、選びなさい。」

絵里は言葉を失い、立ち尽くした。
愛する健太を失いたくない、その一心だけが彼女の中に渦巻いていた。
別の命を奪うことなど、彼女にはできなかった。
しかし、健太をどうしても取り戻したかった。
絶望と葛藤の中、彼女は決断を迫られた。

「私は…私はあなたの要求に応じます。健太を返してくれるのなら、どうなっても構わない!」絵里は叫んだ。

その瞬間、蛇が彼女の目の前で変化し、光に包まれたかと思うと、徐々に人間の姿に戻った。
その姿は、よく知る顔だった。
同じ村に住む、優しい青年の影汀だった。
影汀は絵里を見つめ、「私を選んでくれたのですね」と微笑んだ。

「なぜ…なぜ健太を返してくれないの?」絵里は思わず叫んだ。

「彼は私の印を触れた者。運命の絆の中で、彼は私が選んだ存在なのです。あなたもまた、選ばれた者です。私たちは互いの運命が交わる時を待っています。」

絵里は言葉を失い、目の前の光景に呆然としていた。
彼女は自分の選択がもたらした運命の重さを理解したが、後戻りできないことも知っていた。
蛇の印は彼女を異界に導く運命の檻、そして愛する者を奪い合う恐ろしい契約だった。

その日以来、野原の蛇の印は今も静かに佇み、印に触れた者が運命に引き込まれる様子を見守っている。
絵里は影汀と共に、それを受け入れるしかなかった。
そこからはもう、戻れない世界が待っているのだった。

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