静かな村の片隅に、古びた神社があった。
その神社は、長い間放置されており、周囲には鬱蒼とした木々が生い茂っていた。
しかも、神社の祭神がかつては「蛇」の神であったため、村人たちはそこを恐れ、近づくことさえ避けていた。
村の人々は「蛇神大明神」と呼び、時々供物を届ける者もいたが、それは蛇を鎮めるための祈りであり、決して信仰心からではなかった。
その神社には古い伝承があった。
村の若者、拓海は、そんな伝説に興味を抱いていた。
彼は物心ついた頃から「蛇」に魅了され、その神社に足を踏み入れる決意を固めていた。
ある晩、拓海は満月の明かりに照らされた神社の境内に足を運んだ。
長い年月の間に朽ち果てた社殿と、そこに生えた雑草が彼を迎えた。
心の中で緊張が高まるのを感じながら、拓海は鈴の音を鳴らし、手を合わせた。
すると、その瞬間、周囲が不気味な静けさに包まれた。
風も止み、夜の闇が深まる。
彼は不安を感じながらも、好奇心が勝り、神社の奥へと足を進めた。
突如、神社の中から「廻」の声が聞こえた。
それは柔らかい、しかしどこか掴みどころのない声だった。
拓海は驚いて振り向いたが、誰もいなかった。
再び声が響く。
「こちらへ来て、私を見て…。永遠に繋がるために…」
拓海はその声の導きを無視できず、声がする方へ向かって歩いた。
彼は薄暗い境内を進み、心の奥に渦巻く気持ちを打ち消すために、自分に言い聞かせた。
「ただの幻覚だ、気にするな」と。
しかし、近づくにつれて、声が実際に存在するかのように感じられた。
ついに拓海は、境内の中央に佇む不気味な石を見つけた。
それはまるで蛇の形をしており、見つめる者を吸い込むような目を持っているかのように思えた。
その瞬間、拓海は自分が「焉」とされる存在であることに気づく。
彼は感じた。
自分がこの世に存在することが、これまでの運命の中でどれほど悩ましいことだったかを。
彼がその石を手に取った途端、目の前に一匹の大蛇が現れた。
その蛇は、体が光り輝くように見え、目はまるで星々のように煌めいていた。
蛇は拓海をじっと見つめており、拓海はその目の中に引き込まれていくのを感じた。
「私の力を受け入れる者よ、さあ廻りなさい」と蛇はささやく。
拓海は恐れを抱きながらも、その言葉に抗えず、目を閉じた。
次の瞬間、彼は異次元のような空間に連れて行かれた。
そこでは時間の流れが異なり、何もかもが「廻」の中にあった。
蛇の神はこの空間で彼の過去の思い出や、忘れていた恐怖を映し出した。
彼の目の前には、幼少の頃の自分や、過去に失った仲間たちが現れた。
彼が抱えていた悩みや欲望が全て浮かび上がり、蛇の神に包まれながら、拓海は理解する。
全てを受け入れ、背負ったものを解放しなければならないと。
その瞬間、蛇は彼の意識の一部となり、拓海の心の痛みを癒していった。
だが、その代償として拓海は村から消えてしまった。
彼の存在は薄れていき、村人たちは「蛇の神に選ばれた者」として拓海を語り継ぐことになった。
彼は神社の一部となり、今でもその場にいると言われている。
村人たちは拓海の名を呼び、彼の姿を求めるが、慰められるのは蛇だけ。
夜が更けるたびに神社には、依然として「廻」の声が響いているのだった。