その村には、古い伝説があった。
もう誰も忘れかけているだろうと思っていたが、やはりその伝説は村の人々にとって恐怖の源だった。
それは「鬼」が月夜の晩に現れ、集に住む者たちを襲うというものだった。
村人たちはこの伝説を「蔽(おおい)」と呼び、鬼が現れるたびに恐れおののいていた。
主人公は、真(まこと)という名の若者だった。
彼は新しくこの村に引っ越してきたばかりで、鬼の噂を耳にしたときにも半信半疑だった。
「こんなものは迷信に過ぎない」と思っていた。
しかし、村の人々の怯えた表情を見ているうちに、真の心にも次第に不安が広がっていった。
その年の夏、いよいよ住宅地の集に新月の晩が訪れた。
空は真っ黒に染まり、月明かりは一切ない状態だった。
この日は特に静けさが深まり、村全体が不気味な雰囲気に包まれていた。
人々は家に閉じこもり、ドアを固く閉ざしていた。
真はそんな村の様子が気になり、思い切って外に出ることにした。
彼が集の外れにある小さな丘に向かうと、何か不気味なものを感じた。
そこには、村人たちが集まるための小さな広場があったが、その広場は静まり返り、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。
そのとき、真はふと、目の前に立つ影に気が付いた。
そこには、まさに鬼そのものと言える存在が立っていた。
黒い皮膚に赤い目、そして長い爪はゆっくりと彼に向けて伸ばされていた。
真は恐怖で動けずにいたが、その鬼は何故か攻撃してこなかった。
不思議に思い、彼はその場から少しずつ後退りしようとしたが、鬼はその動きを見逃さず、すぐに近づいてきた。
「お前、誰だ?」鬼は問いかけた。
真はその声に驚き、答えることができなかった。
「私は真だ。君は…?」
「私はこの集を蔽(おおい)し、恐れられている鬼だ」と鬼は答えた。
その言葉には何か悲しみが乗っているように感じた。
真は静かに話を続けた。
「でも、どうして人々を襲わないのだ?」
鬼は静かにため息をついた。
「誰もが私を恐れて近づかない。私の姿が村の人々を悲しませるのだ。だが、私は本来、彼らを助けたかった…。」
真はその言葉を受け止め、鬼の心の裏にある真実に気づいた。
「君は人々から孤独を蔽(おおい)かけられているのだね。」鬼はその言葉を聞いて目を潤ませた。
「私は彼らが逆らう限り、永遠にこの姿のままなのだ。」
真は心が痛んだ。
確かに、鬼の存在は恐怖の象徴であったが、その鬼が本来悪意を持たず、ただ孤独を抱えているのだとしたら、彼は何かしらの手助けができるのではないかと感じた。
しかし、村人たちにはそれを理解させるのは難しいことだと思った。
「どうすれば、君の存在を受け入れてもらえるのだろう?」真は問いかけた。
鬼は静かに考えた後、答えた。
「恐れずに、私のことを話してくれ。私の真の姿を知ってもらえれば、この蔽(おおい)に光が差し込むかもしれない。」
真はその言葉を胸に刻んだ。
そして、翌日、村人たちに真実を伝える決意をした。
集の広場で彼は、鬼との出会いを語り、苦しんでいる姿をありのままに伝えた。
最初こそ恐れられていた村人たちも、徐々に鬼に対しての考え方が変わっていった。
彼らは真の勇気に触れ、鬼の孤独を理解しようとする姿勢を見せ始めた。
そして時間が経つにつれ、鬼はついに集の一員として受け入れられたのだった。
このようにして、鬼はもはや恐れの象徴ではなく、人々と共に暮らす存在となった。
蔭を取り除かれたその集は、小さな村ながらも温かさを取り戻し、新たな絆で結ばれることとなった。