あれは梅雨の一番湿気が多い頃だった。
蔵の中は薄暗く、古い木の香りが漂っていた。
村の外れに住む真也は、祖父から受け継いだその蔵を片付けようと決心した。
物が詰まった段ボールが何箱もあって、中身を調べるために慎重に手を伸ばす。
真也は、何気なく一番上の段ボールを開いた。
すると、その中からは古びた写真が出てきた。
それは、かつてこの村に住んでいた少女の姿だった。
彼女の名は、りか。
真也は村の人々から、りかの不思議な話をよく耳にしていた。
その少女は子供の頃に行方不明になり、誰にも見つからなかったという。
興味を引かれた真也は、その写真をじっと見つめた。
りかの不安げな表情が胸に残った。
「どうしてこんなことになったのか…」思わずつぶやく。
彼はその頃、彼女の不幸な運命に興味を抱いていたのかもしれない。
蔵の中で、彼は次々と物を引っ張り出していった。
そして次の段ボールを開けた瞬間、彼は心臓が止まりそうになった。
そこには古い日記があった。
日記は薄汚れたページに、りかが書いたと思われる内容がぎっしりと詰まっていた。
真也は次第にその内容に魅了され、ページをめくった。
「私はこの蔵が好き。ここには私だけの秘密がある。」と始まる日記の文章。
彼女の視点から語られているその内容は、彼女がどれほど蔵を愛していたか、そしてどれほど孤独を感じていたかを物語っていた。
真也はページをめくるごとに、りかの心情に共鳴していく自分を感じた。
しかし、次第に内容は不穏なものに変わってきた。
「誰かがこの蔵に近づくと、私は抑えられる気がする。知らない人が来ることが怖い。」と書かれ始め、最後の方には「私の心が壊れていく。」といった文があった。
それを見た真也は、不安を感じた。
その時、蔵の外から微かな声が聞こえた。
「真也…」その声は、それまでの静けさを破った。
彼は一瞬、背筋が凍る思いをした。
しかし、恐る恐る蔵の扉を開けてみると、誰もいなかった。
気持ちを落ち着け、真也はまた日記に目を戻した。
ページをめくる度に、彼の心が不安定になっていく。
次第に「隠れているものがいる。」という言葉が目に飛び込んできた。
そして、日記は完全に終わらず、不完全なまま、次のページからは真っ白だった。
真也は再び音に引き戻され、振り向いた。
今度は、蔵の奥から小さな影が見えた。
「真也…私だよ…」それは、りかの声のようだった。
驚愕し、彼はその場から走り出そうとしたが、足が動かなかった。
「帰ることができないの…」その声がささやく。
真也は心の中が真っ暗になった。
ただ、その声はどこか優しく、切ない響きを持っていた。
彼は真実を受け入れられなかったが、同時にその魅力に抗えずにいた。
「だめだ…戻れなくなる。」内心で叫びながらも、彼はその声に引き寄せられるように蔵の奥に進んでいった。
そして、薄暗いところに月明かりが差し込むのを見た瞬間、彼は何かが背後から迫ってくるのを感じた。
動けない身体を奮い立たせ、真也はようやく蔵の外へ飛び出した。
夏の夜の風が吹きすさぶ中、彼は家に向かって全力で走った。
自宅の庭に着くと、彼は振り返った。
蔵は静かに佇んでいた。
何も起こらなかったかのようだった。
しかし、心の奥底にはりかの不安がずっと残っていた。
その夜、真也は眠れぬまま、外から聞こえる風の音に耳を澄ませていた。
ほんのりとしたささやきと、蔵からの不気味な呼びかけが、彼から離れることはなかった。