深い山々に囲まれた小さな村があった。
その村には、毎年春になると山の神社で開催される祭りがあり、村人たちはその祭りを非常に楽しみにしていた。
しかし、この祭りには古くからの言い伝えがあり、山の神を怒らせることがあれば、必ず不幸が訪れると言われていた。
ある年、村人たちが祭りの準備をしている最中、村に住む青年、健太が山の奥で珍しい花を見つけた。
その花は見たこともない美しい紫色の花で、強い香りを放っていた。
健太は興奮し、友人たちに見せることにした。
友人たちもその花に魅了され、祭りの際に神社に供えることを提案した。
しかし、老人たちはその花を見て顔を曇らせ、「それを持ち帰ってはいけない。山の神はそれを嫌う」と警告した。
健太は村の長老たちの警告を無視して、その花を神社に供え、その香りを楽しむことにした。
祭りは盛況に行われ、人々は笑顔で溢れ、夜空には花火が上がった。
しかし、祭りが終わった翌朝、村は静まり返っていた。
村人たちはいつも通り目を覚ましたが、健太の姿が見当たらなかった。
彼の家族は彼を探し回ったが、どこにも見つけることができなかった。
日が経つにつれ、村に奇怪な現象が起こり始めた。
夜になると、山の方から異様な叫び声が聞こえてくるようになり、村人たちは恐れを抱くようになった。
誰もがその声の正体を恐れ、夜更かしすることができなかった。
しかし、健太の行方は依然としてわからなかった。
数週間後、村の若者たちの中でリーダー的存在の清水が、健太の失踪を無視してまた山に向かうことを決心した。
彼は友人の佐藤と川村を連れて、山の頂上へと足を運んだ。
彼らは健太の行方を探るため、体力に自信がある者たちを選んだ。
山を登るにつれ、不気味な静寂が二人を包み込み、胸が締め付けられるような感覚がした。
頂上に辿り着くと、そこには古びた神社があった。
神社の周囲には、まるで何かに守られるように生えている美しい紫色の花が咲いていた。
彼らはその光景を見て、悪い予感を感じた。
清水は「もしかして、健太はここにいるのかもしれない」とつぶやき、その神社に足を踏み入れた。
しかし、神社の中は暗く、何も見えなかった。
彼が視線を辺りに向けると、そこには健太の姿が、花に囲まれて立っていた。
彼はどこか笑っているようだったが、その目はどこか虚ろだった。
「健太!」 清水が叫んだ。
しかし、その声は健太に届かなかったかのように、彼はその場を動こうとしなかった。
周囲の花々が急に揺れ始め、恐ろしい風が吹き荒れた。
すると、健太の声が聞こえてきた。
「これは私の選んだ道だ。山の神を怒らせるなと言っただろう」。
清水は恐怖で体が震えた。
「それはお前がやったことだ! 私たちを引きずり込もうとしている!」。
その瞬間、周囲の空気が変わり、闇が全てを包み込んだ。
清水と彼の友人は恐怖に駆られ、神社から逃げ出したが、後ろからは健太の声が響いていた。
「私を忘れないで…。お前たち、来年も祭りを楽しんでくれ」。
その後、清水たちは村に戻り、村人たちに健太のことを伝えたが、誰も彼のことを信じようとはしなかった。
あれから村では健太の姿を見た者はおらず、その声は今でも山の方から聞こえ続けているという。
時が経つにつれ、村の人々はその声を「山の神の怒り」として恐れ、健太のことを忘れ去るように努めたが、彼を思い出すたびに、その紫色の花の香りだけが、いつまでも村に残り続けるのだった。