下町の小さな公民館では、地域の子供たちが演劇クラブを開いていた。
毎週金曜日、彼らは公民館の舞台で演技の練習をしていたが、その舞台には誰も知らない謎めいた伝説があった。
誰も触れようとしないその話の核心に、悩みを抱えた幼馴染の三浦健太は惹かれていた。
ある晩、健太は練習帰りに友人の川村美奈と一緒に公民館を後にしていた。
「ねえ、美奈。あの舞台のこと、知ってる?」健太が話を振ると、美奈は興味を示さず首を振った。
「そんなのただの噂でしょ。気にしない方がいいよ。」しかし、健太の好奇心は留まらなかった。
彼はその夜、どうしても気になり、舞台に戻ろうと考えた。
それから数日後、健太は友人たちを集め、夜の公民館での肝試しを提案した。
「みんな、あの舞台に行くのはどう?」と声をかけると、友人たちはやや不安げでもあり、興味津々でもあった。
結局、彼らは夜の公民館に忍び込み、恐怖を楽しむことに決めた。
月明かりの下、健太と友人たちは、静まり返った公民館の中を歩き回った。
舞台の周囲には舞台装置や古い道具が散乱しており、まるで彼らを見つめ返しているようだった。
やがて健太は自分の怯えを押し隠し、友人たちを舞台のセンターへ誘導した。
「ほら、ここでみんなで演技の真似をしてみようよ。」友人たちが笑いながら同意すると、他のメンバーもお互いを見て、舞台に自信を持って立ち上がった。
演技が始まった瞬間、健太は舞台の裏で、何か異様な感覚に襲われた。
急に風が吹き抜け、ふわりと何かが舞台に降りて来る。
小さな粒子が空中で舞い上がり、やがて舞台の中心に集まり始めた。
それは砂のように見えたが、何か不気味な輝きを放っていた。
健太は心の中で不安が広がるのを感じた。
美奈や他の友人たちの目がその砂粒に引き寄せられ、まるで魔法にかけられたかのように動けなくなっていく。
「健太、なんだこれ!怖いよ!」美奈が恐怖の表情で叫んだ。
その瞬間、舞台の周囲には冷たい空気が流れ、健太は起き上がった。
「皆、離れろ!早く逃げよう!」と叫びながら、友人たちを引きずり出そうとしたが、彼らの足は砂の中に沈んでしまったかのように動かない。
健太は心の奥底で、舞台の伝説が真実であるかもしれないと感じはじめた。
その時、突如として舞台から低い声が響いた。
「放て、放て…私を放て…」健太は声の主が何者か分からぬまま、恐怖に満ちた目で砂のかたまりを見つめた。
友人たちの顔は恐怖で青ざめ、健太も逃げ出したい気持ちに駆られたが、何もできずにその場に立ちすくんでいた。
砂の中から現れた影は、まるでかつての演者のようにヒョロヒョロと立ち上がっていた。
「私をここから放ってくれないか?」影は健太に懇願するように話しかけた。
しかし、彼には何の力もなかった。
友人たちの絶叫が響く中、彼は仲間を救いたいという思いと、未知の恐怖との間で葛藤していた。
影はじわじわと近づいてきて、一瞬にして健太を掴んだ。
「助けるというのは、放すことだ。あなたが選ばなければ、あなたも砂の一部になってしまう。」健太は影の言葉が意味するところを理解し、さらなる恐怖に包まれた。
「放て!」と叫び、健太は深呼吸して後ろの友人に振り返った。
ほんの一瞬の迷いを乗り越え、彼は友人たちを守るため、影から自分自身を解放しようとした。
だが、何が起こるか予測もつかず、彼の心の底では恐れが渦巻いていた。
その時、ようやく健太は心に決意を固め、全力で声を振り絞った。
「みんな、かけがえのないこの時間を思い出そう、一緒にここから出よう!」
その瞬間、周囲は明るくなり、冷たい風が吹き荒れた。
仲間たちが一斉に砂から解放され、彼らは健太を中心に集まり、影の力に抵抗した。
健太はその時、仲間と共に恐怖を捨て、絆の力を感じた。
次の瞬間、砂の粒子は消え、影も「放つことができなかった」と嘆くように溶けていった。
舞台は静まり返り、友人たちは健太に感謝し、何とか無事に外へと避難した。
その晩、健太たちは恐怖を振り払うように笑い合った。
しかし、その公民館に何が起こったのかは、誰にも語られることはできなかった。
彼らはただ、「放つこと」が持つ力の重さを知り、未知との出会いを胸に抱えることになった。