村の外れに住む老人、佐藤老人は、昔から村人たちに不思議な存在とされていた。
彼は、歳を重ねるごとに周囲との関わりを減らし、ほとんどの時間を一人で過ごしていた。
そのため、彼の家はいつの間にか村の人々から忘れられてしまっていた。
しかし、彼の家には一つの奇妙な言い伝えがあり、誰もがその噂を耳にしたことがある。
ある晩、若者たちが肝試しをしようと決め、心霊スポットとして名高い佐藤老人の家に向かった。
彼らは、老人が不気味な音を出すという噂を耳にしていた。
好奇心旺盛な彼らは、その音を直接聞こうと、一縷の希望を抱きながら出発した。
月明かりの中、彼らは老人の家にたどり着いた。
見た目は蔦に覆われた古い木造の家で、まるで何十年も誰も住んでいないかのようだった。
彼らは、ドキドキしながら扉を叩いたが、返事はなかった。
誰もいないのだろうと思い、彼らは家の中に勝手に入ることにした。
中に足を踏み入れると、薄暗い廊下に懐かしい木の香りが漂っていた。
しかし、何かが彼らの心を不安にさせた。
特に、耳を澄ますと、どこからともなく微かに音が聞こえてくるのだった。
それは、子供の足音のようにも、何かを引き摺っているかのようにも聞こえた。
すると、突然、音は大きくなった。
彼らは驚いて互いに目を見合わせた。
「他に誰かいるのか?」一人が呟くと、もう一人は「逃げよう!」と叫んだ。
若者たちは、恐怖心に駆られて急いで出口に向かおうとした。
しかし、その瞬間、不気味な声が響いた。
「いかないで…私を置いていかないで…」
その声は老いた佐藤のものではなく、少女のような響きがした。
周囲の空気が一瞬凍りついた。
若者たち、特にリーダー格の健太は、冷静を装おうとしたが、心臓が早鐘のように打ち始めた。
「これ以上、居続けるのは危険だ」と彼は声をかけ、さっきの音の方に向かった。
数歩進むと、目の前に実際に目に見えるものが現れた。
それは、白い着物を着た小さな少女の姿だった。
彼女の目は無邪気さと同時に、どこか悲しそうな光を宿していた。
彼女は佐藤老人の家で知る限りの最後の思い出を抱え続けていたのであろう。
「助けて…お願い…」少女は悲しげな声で訴えた。
若者たちは恐怖から逃げ出そうとしたが、体が言うことを聞かなくなり、目の前の少女を凝視することしかできなかった。
健太はその瞬間、少女の言葉が何を意味するのかを理解した。
老人がいつも言っていた「逃れられない音」だ。
それは、彼の心の代償として、老人の過去に埋もれたものだった。
佐藤老は、自らの未練や過去を逃れられず背負っていたのだ。
その時、少女は「私を連れて行って…私を解放して…」と叫んだ。
健太は思わず少女に伸ばした手を引っ込め、「無理だ、私たちには逃げるしかないんだ!」と言った。
しかし、その瞬間、少女はどこかへ消えてしまった。
やがて、彼らは思い出すように出口を目指した。
振り返ると、老朽化した廊下の奥で少女の姿が微かに見えた。
彼女は手を伸ばし、何かを訴えているようにも見えた。
「逃げるのは無理だ、私の代わりに解放して…」その声は徐々に遠のき、その場に残るのは老人が背負っていた音だけだった。
月明かりが照らす中、彼らは急いで家を後にし、村へ戻る道を駆け抜けた。
そして、それ以来、村人たちは佐藤老人の家を恐れ、音の正体を知る者は誰もいなくなった。
しかし、若者たちは二度とその話を口にすることはなかった。
それは、自らの心の重荷を思い出させることへの逃げ道だったからだ。
彼らは逃げたと思っていたが、実は彼女の願いを知ることが、その背後にある苦しみの一端を明らかにしてしまったのだ。
これからも、音は村のどこかで鳴り続けるだろう。