「背後の影」

彼女の名前は美香。
東京の病院で看護師として働く彼女は、毎日忙しい日々を送っていた。
美香は患者たちの治癒を心から願っていたが、ふと気づくと、彼女の周りで奇妙な現象が起こり始めていた。

入院患者の一人、57歳の女性、田村さんは最近、重い病を抱えていた。
美香は彼女に精一杯の看護を行い、彼女を支えようと努力していた。
しかし、田村さんには奇妙な言動が見られるようになった。
時折、彼女は息を呑むようにして、見るべき何かを指差して「そこにいる」と囁くのだ。

「美香さん、あれが見える?私の後ろ、ちゃんと見て。いるのよ、あなたの後ろにも…」

美香は当初、田村さんの精神的な不安定さのせいだと思ったが、その言葉が彼女の心に重く突き刺さる。
夜勤の最中、美香は患者が寝静まった病室で、自分の後ろを振り返ることが怖くなり、誰もいない静寂の中で、ただ心を落ち着けようとした。

その晩、美香は仕事を終え、病院の廊下を歩いていると、ふと視界の片隅に何かが横切るのを感じた。
そのとき、無意識に田村さんの言葉が頭をよぎる。
「いるのよ、あなたの後ろにも…」

次の日、奇妙なことが続いた。
美香は、病院の白い壁が微かに暗く染まっていることに気づいた。
それは病院全体の空気を重くしているように感じた。
そして、患者たちの病状が一向に改善しないことが、さらに不安を募らせた。

美香は田村さんの病室を訪れると、彼女は既に目を閉じてぐっすりと眠っていた。
そして、その隣では薄明るい光が揺らいでいるように見えた。
美香はそれを直視しないようにして、そっと目をそらした。

数日後、田村さんの病状が急変し、亡くなってしまった。
その痛みと、何かを感じさせる出来事によって、美香は心の中に深い暗闇が広がっていった。
田村さんは静かに逝ったが、彼女の言葉は美香の頭から離れなかった。
「いるのよ、あなたの後ろにも…」

死後のことを考えるたびに、美香はその存在を感じることが多くなった。
車で帰宅している最中、ルームミラー越しに後部座席をちらりと見た瞬間、何かがそこにいることに気づく。
彼女は肝を冷やし、運転に集中し、家に着くと、すぐにドアを閉めた。

ある夜、彼女は夢の中で田村さんに遭遇した。
彼女は美香に向かって静かに微笑み、「私の後ろにいたのは、あなたの求めていたものよ」と言った。
美香は恐怖に駆られ、目を覚ました。

それから毎夜、田村さんの夢にうなされる美香は、次第に精神的に追い詰められていった。
病院の仕事も疎かになり、患者たちの顔も見ることができなくなった。
彼女の周りは徐々に暗い影に包まれ、何かが迫ってくるような恐怖感を覚えていた。

ひと月が経ち、美香は病院を辞め、静かな場所へ避けることを決めた。
しかし、その選択もすぐに世界を逃れるものにならなかった。
どこに行っても、見るべき何かが見え、田村さんの言葉が響き渡った。

美香は自分の後ろを振り返ることを怯えながら、真実を受け入れなければならなかった。
「いるのよ、あなたの後ろにも…私も、あなたの後になるわ。」っと。
彼女は病に襲われた自らの運命を受け入れることを強いられたのだ。

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