舞台は、緑に覆われた田舎の小さな村。
ここでは、古くから村人たちによって口承されてきた伝説が存在した。
その伝説は、「生者の義」を守る者たちに関するものであった。
もし生きている者が誰かを裏切り、義を欠く行為をすれば、必ずその報いが待っていると噂されていた。
主人公の山本直樹は、村に住む24歳の若者だった。
彼はずっと村の伝説を信じてこなかったが、ある日、故郷を離れて働いていた友人、鈴木健一から電話を受け、急遽村に戻ることになった。
直樹の帰郷は、村の出来事に大きく関わる運命の始まりだった。
田舎に帰った直樹は、村の中心に立つ広場で、いつものように村人たちが集まり、噂話に花を咲かせるのを見かけた。
近づくと、話の焦点は、最近起きた奇妙な現象へと向かっていた。
村の外れに住む孤独な老女、松井信子が神隠しに遭ったのだという。
村人たちは信子の失踪を「義を果たさなかった者への報い」と考えていた。
直樹はそんな噂に興味を抱きつつも、彼自身はその影響を受けることがないと高を括っていた。
友人の健一とともに信子の家を訪れることにした。
老女の家は、森の奥深くにひっそりと佇んでいた。
直樹は小道を進んでいくと、周囲の静寂が次第に不気味なものに変わっていくのを感じた。
信子の家に到着すると、扉は少しだけ開いていた。
恐る恐る中に入ると、目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
床にぶら下がる人形のようなもの、そして冷たい空気。
直樹は背筋が凍る思いをしたが、健一が先に進むのを止めることができなかった。
「おい、信子さん、いらっしゃいますか?」健一が声をかけると、奥からかすかな返事が聞こえた。
それは弱々しい声で、まるで泣いているかのようだった。
直樹は一瞬躊躇ったが、勇気を出して奥へ進んだ。
部屋の中に入ると、そこには信子が座っていた。
彼女は目も口も閉じているまま、何かを呟いていた。
健一が近づこうとするが、直樹はその手を止めた。
「彼女に何があったのか、話を聴く必要がある」直樹は意を決した。
信子に義について尋ねると、彼女は目を開けた瞬間、一瞬恐ろしい表情を浮かべた。
しかし、その表情はすぐに消えてしまった。
「義を捨てた者たちは、同じ運命を辿る」と彼女は呟いた。
直樹はその言葉の意味を理解できなかった。
信子はさらに続けた。
「私の家族も、かつて義を無視した。その結果、今は私一人だけだ。そして、私の命はあとわずかだ」
その言葉に直樹の心はざわついた。
信子が見つめる先には、小さな人形が置かれていた。
その人形は、まるで彼女を守るかのように見えた。
だが、直樹は気づかなければならなかった。
もし彼女がその人形を守り続けているのなら、それは村の儀式であり、背を向けた者たちへの警告なのだ。
「戻らないと、彼女の意思が続くかもしれない」と直樹は心の中でつぶやいた。
しかし、健一は無邪気に人形に手を伸ばした。
「これは何だろう?可愛い人形じゃないか」
その瞬間、信子の顔が変わった。
彼女は抗うかのように叫んだ。
「義が無い者が触れてはいけない!」その瞬間、家が揺れた。
直樹は信子を感じながら、すぐに健一を引き離した。
「逃げよう!」直樹が叫ぶと、信子の叫びが耳をつんざいた。
彼女の悲しみは、まるで風のように部屋を包み込んだ。
二人は恐る恐る家を飛び出し、無事に村に戻ったが、直樹にはその後の数日が長く感じられた。
村では、次第に信子の存在を人々が忘れ去っていく。
しかし、直樹は夜毎、彼女の叫び声が耳に残っていた。
そして、自分自身に問いかける。
「義を欠くことの代償とは、何なのか?」彼は悩み続け、笑顔を絶やさない村人たちの姿を見つめた。
やがて、直樹は人々の無関心を恐れるようになった。
あの伝説は、本当に消えてしまうものなのか、それとも生き続けるのか。
彼の心には、信子のことがいつまでも残り続け、彼は夜の静寂の中、一人でその問いを抱え続けることになった。