美は、地方都市に住む普通の若い女性だ。
彼女の心には、人を惹きつける美しさがあったが、同時にそれは彼女自身を少しずつ蝕んでいくものであった。
日々の生活の中で、彼女は周囲からの期待や羨望の眼差しに疲れ果てていた。
それでも、美はいつも笑顔で、自分の魅力を他人に振りまき続けなければならなかった。
ある晩、彼女は街外れの古びた神社を訪れた。
周囲は静まり返り、月明かりだけが薄暗い境内を照らしていた。
美はその神社に、見えない何かに引き寄せられるように足を運んだ。
人々があまり近寄らないその場所には、奇妙な噂が立っていた——かつて、この神社で何人もの人々が美に取り憑かれ、破滅を迎えたという。
美は神社の中央に立つ古い石の鳥居の横に腰を下ろし、周囲の静けさに耳を澄ました。
ふと気づくと、何かが視界の端を掠めた。
黒い影が彼女の周りをうねるように泳いでいる。
思わず身を硬くしてしまったが、影はすぐに消えた。
心のどこかに「これはただの気のせいだ」と思う自分がいた。
その夜、美は夢の中で黒い影を再び見た。
その影は彼女に近づいてきて、囁くような声で語りかけた。
「美よ、あなたはその美しさを保ち続けたいのか?」不安と興奮が交錯する中、美はその問いかけに目を瞑った。
彼女は美しさを保つための力を得たいが、それがどんな代償を伴うのかは理解していなかった。
夢の中で彼女は、影と契約を結んだ。
次の日から、美の周囲で奇妙な現象が起こり始めた。
彼女の美しさは一層際立ち、街中の人々が彼女に惹きつけられるのを感じた。
しかし、その反面、同時に彼女の身近な人々は次々と不幸を引き寄せ、日常が破壊されていくのを目の当たりにした。
ある日、親友の奈々が突然倒れた。
医者には原因不明と告げられ、美は何かが彼女に取り憑いていると確信した。
彼女は黒い影を再び呼び寄せることにした。
神社の鳥居の前で夜を待ち、深く息を吸い込む。
恐れを抱きながらも、影に問いかけた。
「あなたの力を得たことで、何故周囲の人々が傷ついているのか?」
再び影が姿を現した。
「美しさを保ちたいのなら、何かを犠牲にしなければならない。あなたの美は、周囲の者たちの幸福を奪っているのだ。」その言葉が美の心を締め付けた。
彼女は自分が幸福を求めた代償として、他人の不幸を生んでいることを理解する。
しかし、それでも美は自分の選択を後悔しなかった。
次の瞬間、奈々の容態が急変したという知らせが舞い込んだ。
美は、そんなことがあってはいけないと叫び、神社に駆け込んだ。
影は薄笑いを浮かべ、美に告げる。
「あなたの選びし道、これが最後の契約だ。あなたはその美を保持するか、人々を救うか、どちらかを選ぶのだ。」
美は深い絶望に包まれた。
彼女は選択を迫られる。
愛する者を奪い、幸福を犠牲にするのか、それとも自らの美しさを捨てるのか。
迷いの中、美は過去の自分を思い出した。
彼女はただ、人々と共に笑い合いたかっただけなのに——。
最終的、美は黒い影に背を向ける決断をした。
彼女の心に美や魅力はあったかもしれないが、それが他人を傷つけるものであってはいけない。
美は、自分の選択によって失われてしまう美しさを理解し、神社を後にした。
その後、美は静かに人々との絆を築きながら生きていった。
しかし、彼女の美は次第に薄れ、鏡を見るたびに何か大切なものを失ったように感じていた。
心の奥に残った影は消えないままだったが、彼女は自ら選んだ道を誇りに思っていた。