秋のある日、主人公の健一は、幼馴染の美咲と一緒に、彼らが育った町にある古びた洋館を訪れた。
その洋館は、昔から「縛られた扉」として知られる場所だった。
若い頃、絵に描いたような美しい家だったが、今では廃墟と化し、住む人はいなかった。
しかし、二人はその場所への興味を抑えきれず、訪れることにした。
洋館の前に立った瞬間、健一は不思議な感覚に襲われた。
そこには、見たこともないような不気味な気配が漂っていた。
美咲も感じているのか、少し怯えた表情を浮かべていたが、勇気を振り絞り、彼女はフロントドアを押し開けた。
扉はきしむ音を立て、まるで長い間開かれることを拒んでいたかのようだった。
中に入ると、薄暗い空間が広がり、空気はひんやりとしていた。
陽の光がほとんど差し込まず、辺りは影に包まれていた。
健一と美咲は手を繋ぎながら、静かに館内を探索することにした。
各部屋は埃まみれで、家具は乱雑に置かれていたが、彼らはその中で懐かしさを感じることもあった。
しばらくして、二人は一つの扉の前に立ち止まった。
それは、他の扉とは異なり、独特の木目が施されており、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
扉には「失うこと」の文字が彫られてそうに見え、健一は無意識にその文字を指でなぞった。
「なんか不気味だな…」美咲が言ったが、健一はその好奇心に耐えきれず、扉を開けることにした。
扉が開くと、目の前には見慣れない空間が広がっていた。
壁は美しい和風の掛け軸で飾られ、中央には一枚の畳が敷かれていた。
しかし、何かが違っていた。
畳の上には、古い和人形が置かれており、その眼差しはじっと二人を見つめていた。
美咲はその人形の目に吸い寄せられるかのように、一歩近づいた瞬間、何かが彼女の身体を引き寄せる感覚に襲われた。
「美咲、そっちは危ない!」健一は叫んだが、彼女の身体は扉の方に向かって引きずられていくように見えた。
美咲は恐怖に満ちた目で健一を見つめた。
彼女は「助けて!」と叫んだが、その声は次第にかき消されていった。
健一は慌てて彼女に手を伸ばすが、彼女との距離がどんどん遠くなっていく。
その時、扉の前に立っていたはずの健一が、突然同じように引き裂かれるような感覚に陥った。
彼の身体も扉の中に引き込まれ、いつの間にか彼もその空間に閉じ込められてしまった。
彼らはお互いを探し合い、必死に呼びかけるが、声がまるで無限の空間に吸い込まれていくかのようで、互いの姿を視認することはできなかった。
そのまま時間が経過すると、ふとした瞬間、健一は美咲の悲しげな声を聞いた。
「私、失ってしまった…」その声は彼の耳に響き、時を止めたような感覚を覚えた。
彼女の失ったものは何なのか、何故このような運命になってしまったのかを考え始める。
ふと、彼は扉のが開く感触を感じ、そこから光が差し込んできた。
「健一!早く!扉が…」言葉の途中で再び引かれる感覚が訪れ、彼は苦しさに目を閉じた。
扉が閉まる音が響く中、彼と美咲の心に刻まれた「和」と「失」が永遠に交錯することになった。
再びその場所に戻ることはできない。
そして、彼らが育った町での思い出も、消えていく運命にあったのだ。