「線の向こうにいる彼女」

小さな町のはずれに位置する「の」にある古い駅。
かつては繁盛したこの駅も、今では忘れ去られ、草が生い茂るだけの場所となっていた。
駅の有り様は、一見日常の一部のように見えたが、町の人々は足を踏み入れるのを避けていた。
その理由は、この場所に根付く、不気味な噂によるものだった。

駅のホームには、時折亡霊のように見える少女の姿が現れるという。
彼女の名前は咲(さき)。
咲は数年前、ここで起きた事故に巻き込まれ命を落としたと言われている。
事故の詳細は曖昧で、彼女が本当に存在するのかさえ怪しいほどだった。
しかし、町の人は彼女が「線」に囚われていると信じていた。
つまり、彼女の霊はあの事故によって、この駅から去ることができずにいるのだ。

ある夏の日、大学生の俊介(しゅんすけ)は、その駅に興味を持ち、友人を伴って探索することに決めた。
彼はこの町の伝説に惹かれ、咲の物語を知りたいと願っていた。
二人は午後遅く、太陽が西に沈む頃に「の」の駅に到着した。
既に日が暮れ始め、薄暗い駅の景色はなぜか幻想的でもあり、不気味でもあった。

二人は線路沿いを歩きながら、互いに冗談を言ったり思い出話を披露したりしたが、何かが彼らの心を重くさせていた。
その時、俊介はふと先を歩いていた友人が立ち止まっているのに気づいた。
「どうした?」と声をかけると、友人は顔面を失ったように青ざめた。
「…彼女が…見えた…」友人は言った。
その言葉を聞いた瞬間、俊介は背筋が凍りつく思いをした。

線路の向こう側に、白いドレスを着た少女が立っていた。
彼女は穏やかに微笑んでいたが、その表情にはどこか虚無感が漂っていた。
俊介は自分が見たことがあるはずの少女の顔に心当たりがあった。
彼女こそが、その噂の咲だった。
どうしても近づきたくなり、俊介は一歩を踏み出そうとしたが、友人は必死に止めた。
「ダメだ!何かがおかしい!」

俊介は一瞬ためらったが、咲の微笑みに魅了され、線路を越えて彼女の元に向かってしまった。
「咲…」と呟くと、彼女は振り向き、俊介の目を捉えた。
彼女の目は深い闇を秘めており、俊介の心に何かが浸透していくようだった。
彼女が近づくにつれて、無言のまま、彼女の周りに漂う「偽」の感覚が強まった。

「あなたも、ここに来るの?」咲はささやいた。
俊介はなぜか自分が彼女を助けるべきだと感じていたが、その背後で友人の叫び声が響いた。
「俊介、行っちゃダメだ!彼女は本物じゃない!」その言葉を聞いた瞬間、俊介の心に注意が戻った。
咲が本当に求めているのは、彼を「去らせる」ことではなく、「ここに留める」ことだと理解した。

俊介は恐怖に駆られ、咲から逃げるように後退ったが、その瞬間、彼女の顔が歪み、異様な形相へと変わった。
彼女の笑顔は消え、眼の前で彼の心を「滅」ぼすかのように迫ってきた。
止まらない恐怖心に背中を押され、俊介は全力で線路を飛び越え、友人のもとへと戻った。

二人は息を切らしながら逃げ出し、駅の外に飛び出した。
振り返ると、咲の姿は見えなくなっていたが、彼女の声だけが耳にこびりついていた。
「忘れないで、あなたたちも、いつか私のもとへ来ることを…」その言葉は長い間耳の奥で響き続け、二人は何とかその場から離れて、町へと帰ることができた。

あの日、俊介は咲の運命を変えることができなかった。
しかし、それ以降、俊介はしばしば「あの駅」の夢を見た。
咲の微笑みは、日日の中で「偽」の顔として永遠に彼を捕らえ続けていた。

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