「絶木の囁き」

静かな山々に囲まれた小さな村、青影村。
そこでは、古くから恐ろしい言い伝えが人々の記憶に刻まれていた。
村の中心には、一つの大きな古木が立っていた。
この木は「絶木」と呼ばれ、根元には深い闇が広がっていると囁かれていた。
村人たちは決してその近くには寄らなかった。

そんな村で、若い青年の翔太は新たに村に移り住んできた。
彼は都会から来たもので、村の古い伝説など信じていなかった。
初めて村を歩いた日のこと、彼は夕暮れ時に青影村の道を歩いていると、ふとした瞬間に絶木の存在に引き寄せられた。
村人たちが怖れているその木に近づいてみたくなったのだ。

絶木の前に立つと、強い風が吹き、ささやくような声が耳に届いた。
「真実を知りたいのか。」翔太は一瞬背筋が凍る思いをしたが、その声に引かれるように、木の周りをぐるりと歩いた。
光が消えかけたその場には、何かしらの妙なエネルギーが漂っていた。
心なしか、木の下に黒い影がひしめいているように感じられた。

「おい、翔太。こんなところで何をしているんだ?」背後から声が聞こえ、翔太は振り返った。
村の若者、信也が立っていた。
彼は翔太が絶木に近づくことを警戒しているようだった。
「この木には近づくなって、村の掟だ。何かあったらお前が責任を取ることになる。」

「ただの木じゃないか。それに何も起こらないさ。」翔太は興味を持ち続けた。
信也は苦笑いを浮かべたが、翔太を引き止めることができなかった。
信也は絶木から距離を取り、村の戻るように促した。
「気をつけろよ。村には見えない闇が潜んでいる。」

その後も翔太は絶木のことが気になり、いつしか心の中で「真実」を知りたいという思いが膨れ上がっていった。
そしてある夜、彼は一人で絶木に訪れた。
月明かりの下、緊張を抱えながらも、再びその木の根元に立った。
冷たい風が身にしみ、暗闇を覗き込むと、何かが彼を呼んでいるような気がした。

すると、突然、足元の土が崩れ落ち、深い穴が開いた。
翔太は驚き、思わず足をすくめた。
その瞬間、穴の奥から低い声が響いた。
「来い、翔太。君の心の闇を見せてくれ。」彼は恐怖に駆られたが、同時に興味も湧いてしまった。
どうしてもその声に引かれ、彼は穴の中へ飛び込んでしまった。

暗闇の中を転がり、ふと目を開けると、そこは異次元のような空間だった。
周囲は無数の影がひしめいており、その中には彼が村で見かけた顔も混じっていた。
村の住人たちが集まり、彼に向かって何かを呟いていた。
翔太はその光景に驚愕し、恐れを感じた。
「私たちを忘れてはいけない。」という言葉が耳に響いた。

その時、翔太は思いだした。
村の掟、村人たちが「絶木」に近づくことを恐れていた理由。
それは、闇の中に潜む「る」という存在が彼らを取り込むということを知っていたからだ。
彼は、今まさにその運命を迎えようとしているのだと悟った。

「絶望を感じるか?」翔太の心に、さらなる闇が忍び寄った。
彼は必死に逃げたいと願ったが、彼の意識は徐々にその黒い影に飲まれていった。
彼は、忘れ去られた村の住人の一人となり、絶木の前で無数に立ち尽くす影の一部となる運命だった。

それから何年も経った後、翔太の姿は青影村の記憶から薄れていった。
しかし、絶木の周りには新たな訪問者がやってくる度に、彼の叫びが聞こえるようだった。
「真実を知りたいなら、闇を受け入れろ」と。
村人たちはその声に耳を塞ぎ、再び恐れの中に閉じ込もっていくのだった。

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